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変態百合小説 〜先輩と鈴芽〜 シーズン2 |
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第一話「彼女の恥ずかしいこと」 考えてみれば、これほどまでに二学期の到来を待ちわびた夏休みが有っただろうか? いや、無い(反語表現) 私が学校と言うものに通うようになってからおよそ十年と言う時が流れたが、今日と言う日……二学期の始業式と言うこの日を心待ちにしていた事など、これまで一度としてありはしなかった。 理由は至極簡単だ。 今年は彼女……緋崎鈴芽が居るからだ。 鈴芽に早く会いたい。その一心で、私の足は彼女が籍を置く1-Cの教室へと向かっていた。 始業式後のショートホームルームが終わり、早い者は既に帰途につき始めている中で、友達のいない彼女がいつまでも残っている保証は無い。 意図せず速足になりながら、辿り着いた教室を覗き込むと……良かった。まだ彼女の姿はそこにあった。 遠巻きに見えるその姿は楚々とした花のよう。立てば芍薬座れば牡丹……だったかしら? 歩く姿は忘れたけれど、カリフラワーじゃ無い事だけは確かだ。 しかしどうした事だろう。普段ならばぽつんと咲き誇っている筈の牡丹が、今日はいくつかの雑草に囲まれている。 私以外に友達なんて居なかった筈の彼女を中心に、女子生徒どもが談笑をしている様子など、私は今まで一度も目にした事がなかった。 他人に干渉される事を嫌う筈の鈴芽も、なんだかまんざらでもなさそうだ。ぐぎぎ…… そんな折、一人の少女が輪の中から外れてこちらに向かって歩いて来た。荷物も持っていない辺りを鑑みるに、お手洗いにでも立ったのだろう。私は急ぎ、彼女を呼び止める。 「あ、ねえ。緋崎さんを呼んでくれないかしら?」 呼び止められた女子はきょとんとした表情で此方を見つめ返したが、私が上級生であると気づくと、直ぐに後ろを振り返り、こう声をあげた。 「チュンー、先輩の人が呼んでるよー!」 チュン……? 耳慣れない言葉だと私は首を捻るが、それが何を示しているのかはすぐに判明した。先程まで輪の中に居た女子の声に彼女……鈴芽が此方へ振り向いたのだ。 自分を呼んでいるという上級生が私であると気付き、彼女はなんとも気まずそうに眉を顰めた。 あぁ、そんな表情も可愛いわ。 「そんな所で待っていないで、入ってくれば良かったんじゃないの?」 「あら、上級生は下級生の教室に、みだりに入ってはいけない決まりがあるのよ?」 「へえ、それは初耳だ」 何気ない軽口を叩き合い、私達は互いに頬を緩める。鈴芽は何だか面倒くさそうな表情を崩さずに居たが、内心ではさぞ顔がほころんで居た事だろう。 「登校日以来かしら……元気にしてた?」 私の問いかけに、彼女は細い肩を竦めながら「ぼちぼちね」と素っ気なく返す。しかしこれはいつも通りの事だった。 仲が悪いわけではない。彼女は親密な相手ほど接する際の扱いがぞんざいになるのだ。 「それにしても意外ねぇ。何時の間に友達が出来たの? 随分と可愛いニックネームを付けられちゃったみたいじゃない」 鈴芽が可愛いのは元からだ。しかしそれがあまり一般に知られていないと言うのも事実である。 「その呼び方はやめろって言ってるんだけどね、いくら言っても勝手に呼び続けるんだ」 可愛いという扱いに不慣れなのだろう、私の言葉を受けて気恥ずかしそうに視線を泳がせると、彼女はそう言ってわざとらしくため息をつく。あまりその話題に触れて欲しくないと言う合図だろう。 そんなシグナルを受けた私が、弄らない訳がない。 「あら、良いじゃない。私もこれからチュンって呼ぼうかしら?」 「是非やめてくれ」 「スズメだからチュンなんでしょ? 可愛らしくて良いと思うわよ」 「嫌と言ったらいやだ」 「じゃあ勝手に呼んじゃうわよ? やめろって言って聞かなかったら諦めるんでしょ?」 「そんな名前で呼ばれても答えてやらないからな」 「もー、照れちゃってぇ……あ、待ってよ。置いてかないでー。チューンー!」 「…………」 宣言通り、彼女は答える事なく足を早めた。 追いすがる私を振り切らん勢いでズンズン進むその横顔は、気恥ずかしさからかいつもより朱が増していた。 (ああもう、可愛いなぁ……) 歩く度に揺れる鈴芽の長い三つ編みを追いかける。尖端を結く小さなリボンが跳ねる様子は、正しく小鳥が空を舞うかのように美しく、愛らしい。 やがて私達は旧校舎の一室へと辿り着いた。夏休み中の登校日から数えても二週間振りとなる其処は、我ら神霊文化研究同好会の居城。 私と鈴芽、二人の愛を育む(予定の)楽園だ。 :第二話「○ーメンが好きなの!」 学食の工事が始まったのは夏休みに入ってからだから、私たちが不自由する事はなかった。 もともと老朽化が進んでいた食堂の改築工事を行い、綺麗でお洒落なカフェテリア風のものにすると言う話が持ち上がっていたこともあり、今年の新入生向けに作成されたパンフレットにも二学期からの学食についてでかでかと書かれていた。 「ああ、そういえば書いてあったかもな」 鈴芽に確認してみたところ、このような返答を貰った。つまりそうだったと言う事だろう。 「ま、新しい学校の目玉だからね……でも、ちょっと来過ぎじゃない?」 そう言いながら、私はぐるりと周囲の様子を見回した。 今日は新学期が始まってから始めての一日授業の日であり、学食オープンの当日でもある。 お昼休みになるや否や、多くの学生が押し寄せてきた為に食堂はごった返しのごった煮状態。詰め掛けた学生の半数は食堂内に納まりきらず、テーブルも椅子もない屋外でセルフオープンカフェを楽しまなければならないという有様であった……そうね、楽しんでいると言う事にしておきましょう。 一応空気を読んでそういうことにしておこうと一人で納得していると、やんわりと鈴芽からの返答が返ってきた。 「そう言いつつ、自分も来てるじゃないか」 「ふふ、鈴芽はいつも学食だからね。探すのが楽で助かるわ」 「答えになっていないが?」 そう、私は鈴芽を追ってここに来ているのだ。二年生の私が鈴芽の教室に乗り込む事は出来ないので、鈴芽が昼食を学食で摂ってくれることは、私にとって非常に運がいい事なのだ。 課外時間を除くとこうして一緒にいられる時間はほとんどない。 とってもクールで可愛らしい、わたしのお姫様との時間を共有できる貴重な空間がこの学生食堂だったのだ。 「いいじゃない、いつも通りでしょ。私が言いたいのは、お弁当組がこぞって来るからこんな事態になるってことよ」 「まあそうだな……」 私のもっともな言葉に、鈴芽も納得してラーメンを啜る。 細身で大人しそうな外見から、鈴芽は小食と思われがちだが、その実彼女は良く食べる。 根暗のガリ勉ちゃんというイメージとは正反対に、鈴芽は良く食べ、よく動き、勉強も出来れば趣味にも妥協がないと言う、所謂カッコイイ女性だった。 いつもの豚骨ラーメンが、桜の花びらを連想させる鈴芽の可憐な唇に勢いよく吸い込まれて行く様子に、私は目と心を奪われる。 「……はあ」 うっとりと見つめながら、私はクラブサンドを齧る。 小さくすぼめられた唇の何と愛らしいことか。ついでに麺を吸い込みきった直後に僅かに顎が上がる為に、まるで私に向けてキスをしているかのような錯覚に囚われる。 吸い込まれた麺の先端から、一滴のスープが空中で孤を描き、再びどんぶりの中へと戻る。薄い脂が貼った膜を一瞬だけ押し遣り、スープ表面はすぐに凪の姿へと戻る。 ……つまり今、このスープには0.数ミリリットル……いや、マイクロリットルくらいの割合で、鈴芽の体液が混じっているのではないだろうか? 考えてみれば直接口をつけた箸が何度となく浸かっているのだ。きっとそうだ、そうに違いない。 「ねぇ鈴芽。一口貰ってもいい?」 そこまで思考が辿り着いたら、あとは考えるより先に口が動いていた。 「後ろで買ってくればいいだろう」 これは自分のものだと言いたげにどんぶりを引き寄せながら、しかし私には一瞥もくれずに鈴芽は言った。 しかしこの程度で引き下がっては、欲しい者を手に入れるなんて出来っこない。私は悪びれる様子もなく、ちょっとだけ冗談めかした態度のままで食い下がる。 「まるまる一杯は入らないわよ。ね、一口で良いから!」 「じゃあ明日まで我慢しろ」 「いいじゃない、私も欲しいわ」 貴女の体液が。 「脂っこいものは苦手じゃなかったか?」 「いいえ! 好きよラーメン。ラーメンが好きなの!!」 「!?」 思わずヒートアップしてしまい、ガタッと音を立てて立ち上がった為に、鈴芽が目を丸くした。 珍しいショット頂き! 可愛いわ…… と、そこで私はトドメと言わんばかりのイケメンボイス(のつもり)で、こう言い放った。 「貴女のラーメンが欲しいわ」 「……良いから座れ。恥ずかしい」 「あら?」 鈴芽の言葉に、私は周囲を見回した。 視線を向けた先ほぼ全ての方向で、ごった煮の芋たちが奇異の目をこちらへ向けていた。 「…………」 「…………」 「……ホホ、オホホホホ……」 私は笑って誤魔化しながら、ゆっくりと腰を下ろす。 「……バカ」 恥ずかしそうに呟く声は、言うまでもなく鈴芽のものだ。 ああ、恥ずかしがってる表情も可愛いわ…… 第三話「黒の書物・上巻」 風のある日だった。
文科系部活動及び同好会は、必ず何かしらの出し物をしなければならないと言う、我が校の悪しき風習である“文化祭”に向け、私と鈴芽は一学期および夏休み中に掻き集めた資料を纏めていた。
神霊文化研究同好会、通称“神文部”は、その名の通りオカルト系の情報に特化した研究サークルで、まあ私の趣味のようなものだ。
最初は冗談半分に創立した同好会であり、その時のメンバーも私一人だった。同好会とは名ばかりの、私の個人サークルだったと言うわけだ。 しかし翌年、まさかの自体が発生した。
後輩である緋崎鈴芽が入会してきたのだ。 私は直ぐに彼女を気に入り、神霊そっちのけで鈴芽の観察ばかりをしていたものだ。
クラスを中心とした学校生活において、私は変態枠として一定の地位を得てはいる。色物扱いではあるが、級友たちからも決して嫌われているといった様子も無い。
それは普段、普通人相手に受けの良い占いなどの話題を取り上げて話す事が多いためだろう。
多くの人間は、口では信じて居ないなどと言いつつも、占いやジンクスといった都市伝説まがいの戯言を好む。
私自身そう言った話は眉唾だと思っているが、研究対象の候補として頭の片隅に留めてはいる。当初はそれが話のネタになるなど思いもしなかったが、まあ結果オーライと言うところだ。
しかし、鈴芽は違う。
彼女はそう言った世間一般に受け入れられるような話題には一切食いついて来ない。世間に対する“媚”といったものを、微塵すらも感じさせないのだ。
その対価か。周囲の彼女に対する評価は悪い。
やれ根暗だ。やれ地味だ。やれガリ勉だと、言われ放題なのだ。
しかし彼女はそんな周囲の声にも耳を傾けようとしない。彼女にとっては、本質も見えないままに騒ぎ立てられる言葉に、意識を向ける事すら無意味なのだろうか? だとしたら、その姿勢のなんと男らしい事か……いや、鈴芽は超が付くほどの美少女だが……惚れてまうやろ!
全開にした窓から、私達の秘密の花園(部室)に風が吹き込んだ。
紙媒体の資料は丁寧に纏められ、分銅で押さえられているために散らばったりしてしまう事は無い。
ただ、私の正面で手元の書籍に視線を落とす鈴芽の髪が。美しい相貌を覆い隠すかのように、額に被せられた前髪が、不意の風に弄ばれるように、ふわりと浮き上がった。
鈴芽の美貌が露わにされたのはその一瞬だけだが、私の視線は暫く彼女の整った顔に釘付けになっていた。
(鈴芽……) どうしようもない感情が湧き上がってくる。
それを鎮めるため、私は止まっていたペンを握り直し、手の中で開いたままの大学ノートへと視線を落とす。
二人だけの、とても静かで平穏な時間……それ以上、何を望むと言うの? 私は自らの胸に問い掛ける。 (いいえ、これ以上望むものなど無いわ。愛しいひとと同じ時間、同じ空間を共有出来るんだもの。こんな幸せなことは無いわ) 自らの雑念を払拭しようと、私は心の中でそう呟いた。 (そうよ、愛するひとと一緒に居られるだけで、私は十分に幸せなの……) そう、これは禁断の愛。社会から……もしかすると、誰からも……それこそ、思い人にさえ理解されない恋かもしれない。 それならば、この恋は私の胸に秘めておく事こそが正しいに違いない。 私の淡い恋愛感情は、ひたすらに静かで平穏なこの時のように、ただ「存在している」と言うだけで十分なのだ。 それ以上、一体何を望む事があるというのか…… 「本当に十分なの?」 「え……?」 不意に投げ掛けられた言葉に、思わず視線を上げると、其処には彼女……鈴芽の顔があった。 (ど、どうしよう。鈴芽の顔がこんなに近くに……) 突然の事態に、私の心臓は一気に高鳴り、このまま破裂してしまうのではないかと錯覚する程に激しい拍動(リズム)を刻んだ。 そしてそれすらも見透かしているかのように、鈴芽の艶やかな唇の端が、キュッと釣り上がる。 「有るんじゃないの、もっと欲しいものが?」 「ほ、欲しいもの……!?」 彼女の言葉を反復した私の身体に、突然電撃のようなものが走る。鈴芽が私の頬に触れたのだ。 髪越しに、鈴芽のしなやかな指が私の頬を弄ぶ。 「良いのよ、求めたって。貴女がどんなに黒く、醜い感情を滾らせていたとしても、燻ってるだけじゃあ宝の持ち腐れよ?」 言葉で焦らすように、ゆっくりと私の心を抉りながら、しかし指先は私の頬を愛撫し続ける。 「な、何を言って……きゃん!?」 切なくなった胸を押さえながら、私は必死に問い返そうとした。だがそれを遮るかのように、鈴芽の唇が私の耳に襲いかかった。 びくんと全身が反応してしまう。訳も分からないままに鈴芽にキスをされたのだ。一体何が起こっているの? 私の頭に無数の疑問符が浮かんでは消えてゆく。しかしそんな混乱の極みにあって尚、私の心と身体は喜びに打ち震えてしまうのだ。
「すっ鈴芽、私……私ッ!」 「言ってご覧、何が欲しいの?」 「鈴芽。鈴芽に……」 「私に? どうして欲しいのかしら?」 ああ、苦しい、切ない! 締め付けられる様な、それでいて内側から突き上げられるような劣情の渦が私の胸を痛い程に掻き乱す。 私はなんとかこの鼓動を抑えようと。この欲情を紛らわそうと。自らの胸に爪を立てた。 だが、そんな事で収まるはずが無い。 鈴芽の愛撫は今なお続いており、何時の間にか私の唇までもが彼女の指で犯され始めていた。
なす術無く開かれる唇に、鈴芽の細い指が侵入する。 「あ、あ……っ!」 「ほら、嘗めても良いのよ」 「あ、んむぅ……んちゅ」 ああ、どうしてだろう。彼女の言葉に抵抗する事が出来ない。抵抗したくない。もっと……もっと鈴芽が欲しい! 「ふふ、そんな一緒懸命にしゃぶっちゃって。そんなに私の指が美味しいの?」 「んはっ。美味しいわ! 鈴芽の指。もっと、もっと欲しいの!」 「あら、あっさり素直になるじゃないの。卑しい先輩さんね」 歯止めが効かなくなった私の情欲に、鈴芽は軽蔑の眼差しを向けるどころか、満足気に頬を緩ませた。そしてもったいぶるような手つきで自らの胸のリボンへと手を掛けた。 「そうね、じゃあ次は……」 鈴芽の艶のある口調に、サディスティックに細められた相貌に、私は際限なく引き込まれてゆく。 もっと、もっと欲しいと。私の心が求めているのだ。 もっと、 もっと……! 第四話「黒の書物・下巻」 「……フッ」 「ん、どうした?」
不意に漏れた声に、鈴芽は視線を上げて問いかけてきた。
「ううん、何でもないわ」
パタンと手にしていたノートを閉じながら、私は即座にそう切り返す。
鈴芽も特に不審には感じなかったのか、短く「そうか」と呟き、再び視線を手元の資料に落とした。
(今回は趣向を変えて鈴芽が攻めと言うシチュエーションを考えて見たが、中々どうして、萌えるわ) ノートに綴られた、愛しい後輩との淫靡な情事に思いを巡らせながら、鈴芽の相貌を見つめた。
「……ドゥフフ」
いけないいけない、やっぱり笑みが零れてしまうわ。
今度は不審に思ったのか、鈴芽が怪訝そうなこちらを向いたので、私は笑顔で「何でもないわよ」と答えた。
そう、秘密の花園はあくまで秘密でなくてはならないのだ。
たった一輪の美しい花は、周辺の汚さなど知らずに咲き誇っていれば良い。襲われてはみたいけれど……
シュバッ! (……しゅばっ?) 不意に奇妙な音とともに、私は手のひらに僅かな熱を伴う感触を覚えた。 例えるなら、そう。持っていたノートを引っこ抜かれたような…… 「って鈴芽!?」 「なんだ、何か面白い記事でも書けたのか?」 そう、机を挟んで対面に座っていたはずの鈴芽が、眼にもとまらぬ速さでその身を伸ばし、私の手からノートを奪い去っていたのだ。 「ちょあぁーーっ!!」 「どれどれ」 見せてなるものかと、私はノートを奪い返そうと電光石火の勢いで全身を伸ばす。しかし鈴芽はこちらに一瞥もくれることなく、ひょいと体の向きを変えることでそれを回避した。 「待って! それ返して鈴芽ぇ!」 「どうせ人に見せるものだろ? 二学期から北欧の魔女が……ああ、そんな事もあったねー」 「らめええぇぇぇぇ!!」 いけない、それを見せてはならない!! 私の主に社会的な沽券とか威厳とか尊厳とかに係わる! 「何で?」 「何でって、そりゃアナタあれよアレ」 「どれ」 「えっと、その……視線には魔力が宿るわ!」 「意味がわからん」 私にもわからん。でも何とかしなければ。このままでは……このままでは! 「まだ見せられる段階じゃないの!」 「む、そうか?」 「え?」 ……苦し紛れの一言だった。どれだけ作りこんだとしても、いや、作りこめば作りこむほどに見せられないものになっていくことは明々白々だったが、何を思ったか、私は「まだ」見せられないなどとのたまってしまった。 それはつまり、そのうち見せるよ♪ という事に他ならない。 「でも発表前には見せてよ。ミスがあったら困るだろう?」 「え、ええそうね……」 これは、どういうことだろうか? 冷静に、頭を落ち着かせながら私は懸命に冷静な思考を展開する。 少なくとも、現段階で判明していることは「鈴芽はこのノートの内容が文化祭の発表物の草案をまとめたものだと思っている」と言う事だ。 実際にそういう用途にも使っているし、ノートの前半部分は研究テーマに関係のありそうな物事のメモなどで埋め尽くされているのも事実だ。中盤以降から展開される問題の部分を目にしていなかったのならば、鈴芽が私の言葉を疑わなかった事は、むしろ当然と言える。 「初稿ができたらちゃんと見てもらうから……ね」 「わかったわかった」 本来の、では無いが。私の心情を察してか、鈴芽は素直にノートを返してくれた。若しかしたら「作ってる途中のものを見られるのってちょっと恥ずかしいしな」とか共感してくれたのかもしれない。いい子だわ。 「にしたって興奮しすぎじゃないか? 顔真っ赤だぞ」 ノートを手渡しながら、鈴芽が少々呆れたように言った。ここでノートを返してくれたのは、鈴芽が空気を読んでくれたからと言うのが正しいのかもしれないと思った。 ともあれ、本心を察知されては元も子もない。私は咄嗟にその言い訳を探し、吟味する事もなくそれを口にした。 「しょ、しょうがないじゃない。鈴芽が脅かすんだもの!」 「そうか? それはごめん」 私の言葉に、鈴芽はしゅんと眉尻を下げる……ヤバイ。その顔も可愛いわ…… 流石に嫌な汗が瞬時に引っ込む事はなかったが、鈴芽の愛らしい表情に、私の心の平穏は駆け足で戻ってきた。鈴芽ってばマジ天使である。 「……なんで笑ってる?」 「うふふ、別に♪」 呆れたように問い返す鈴芽に笑顔で答えながら。上機嫌になった私は再びノートを開きなおすのだった。 間奏「鈴芽の持ち込み荷物」 神文部の部室には、鈴芽の特等席がある。 同好会である神文部は部室を持てないのだが、部活動全般を管理している先生が「どうせ使っていない教室だし」と言う理由で使用を許可してくれた。その為この旧理科準備室が私達の部室となっている。 勿論校則違反だが、多くの部活動の部室には部員の私物が持ち込まれている事が多い。そしてつい数日前から、それは我々神文部においても同様の事実となった。 その私物は私ではなく鈴芽が持ち込んできた品だったが、あまりに突拍子も無いものであった為か今のところ誰からも指摘された事がなかった。 恐らく、それを外部から持ち込んだという事に誰も気付いていないのだろう。 私が部室の扉を開いたとき、鈴芽は自身の特等席に鞄を置き、テレビのアダプターをコンセントに挿し込んでいるところだった。 主電源のボタンを押すと、待機中を示す赤いランプが点灯した。 テレビの上に置かれていたリモコンを手にとり、スイッチを入れると、すぐに画面は砂嵐に変わる。アンテナが繋がっていないのだ。 しかし鈴芽は満足げな表情を作ると、すぐにリモコンを操作してテレビを消した。 「あら、それまだ点くのね?」 「あ、こんにちは。一応まだ生きてるのを貰ってきたからね」 私の問い掛けに答える鈴芽の表情は、心なしかいつもより浮付いているように見える。テレビが使えることを確認できて上機嫌なのだろうか? ちなみにこのテレビこそが、彼女が持ち込んできた私物である。 何でも近所のスタジオ(何のスタジオかは聞いてない)でテレビを買い換えた際、うっかり下取りしてもらうのを忘れていたものらしい。後から引き取ってもらうには料金が発生してしまうので、さてどうしたものかと悩んでいた所を、鈴芽が貰い受けたとのことだ。 「良いんだけど、何で今時古臭いブラウン管のテレビなの?」 何の気なしに投げ掛けた質問に、鈴芽は一瞥もくれる事なくこう返す。 「液晶だと遅延があるからさ。ブラウン管の方が良いの」 「遅延?」 テレビが遅延するなど聞いた事もない。第一来年の七月にはアナログ放送が終了してしまうのだ。なのに今更ブラウン管は無いだろう。 「液晶画面は1から3フレームの遅延があるのよ。1フレームならまだしも、3フレームも遅延してたら流石にね……」 ……彼女は一体、何をしようとしているのだろうか? 私は手作りの縦置きフレームに嵌め込まれたブラウン管テレビと彼女を見比べながら、ただただ首を傾ぐ事しか出来なかった。 つづく |
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