変態百合小説

〜先輩と鈴芽〜 シーズン1

痴態その1「エデンの東のそのまた東」

 

 降り注ぐ熱射を避け、駆け込んだ先は、旧校舎の一室だった。

 彼女は投げ捨てるようにスポーツバッグを椅子に置き、まっすぐに部屋の奥。黄ばんだプラスチックボディの扇風機へと直行した。

 

「暑い……」

 

 彼女の細くしなやかな指が、小汚い機械のレバーを捻ると、一瞬のタイムラグを挟み、くすんだ透明の羽がキイキイと耳障りな音を立てながら回転を始め、淀んだ熱風を吹き付けてくる。

 決して爽快とは言い難いその風を、彼女は大胆に肌蹴た胸元に受ける。

 楚々とした双丘を撫で、細くしなやかな肢体を舐めるように這った風は、シャツの内側に滞留した湿気を押し流す。

 少し汗ばんだ首すじと、はためくワイシャツの裾からチラチラと覗く細い腰。艶かしく朱がさした彼女の白磁の肌を目で楽しみながら、私は風下へと歩みを進めた。

 

「…………」

 

 深く息を吸い込むと同時に、彼女の匂いが私の鼻腔をくすぐる。

 粒子化し、風に乗った彼女の体液と、えも言われぬ満足感で胸が満たされると、暫しの間、幸福な時間を味わう事が出来る。

 今、私と彼女は一つになっているんだ。彼女の体液が肺胞を通して私の血液に混じる事で、肉体という障害すら乗り越えて、互いの存在を共有し合えるのだ。

 

「……はぁ」

 

 目で、鼻で、身体じゅうで彼女の存在を堪能した私は、惜しみながら吐息を漏らせた。

 うふふ……ご馳走様でした。

 

 

痴態その2「それは甘美な果実の如き」

 

 淀んだ川底に停滞する澱の様な熱気も、ある程度まで攪拌されれば耐えられないものではなくなる。

 古くなったプラスチックパーツが擦れ合う雑音を我慢して作動させていた扇風機を停止させ、何とか人間が活動出来るようになった部室で、私達はテーブルを挟み、向かい合って座った。

 昨日迄に集めた資料を仕分けして、纏めなくてはならないのだが、どうにも仕事がはかどらない。

 それはある程度まで緩和されたとは言え、まだまだ十分に暑い室温の所為でもある。

 しかし、それ以上に私の集中を妨げる者が居るのだ。

 

「…………」

 

 ちらりと視線を上げてみる。

 其処にあるのは、私の対面で団扇をぱたぱたと扇ぎながら、英語の資料を読みふけっている少女の姿だ。

 団扇の風を受け、彼女の長い前髪が可憐に揺れる。

 例えるならば、それは風鈴の短冊。清涼感のある姿と音色で、見聞きする者の心を涼やかにしてくれる、夏の風物詩だ。

 こうなると、その音色も堪能したくなるのが人心と言うもの。私は欲望の赴くまま、彼女の名前を呼んでみた。

 

「ねえ、鈴芽?」

 

「うん?」

 

 視線は資料に落としたままで、彼女は短い返事を返してくれた。

 15歳の少女にしてはひどく落ち着いた。しかし、小鳥の囀りのように、高く美しい声だ。

 いや、声だけではない。

 長い前髪と分厚い黒縁眼鏡に隠されてはいるものの、長い睫毛に縁取られた相貌は、切れ長でありながらも大きいと感じさせる。

 そんな眼には、どこか憂いを帯びたような視線がよく似合う。

 勿論彼女が美しいのは顔だけではない。その細くしなやかな肢体も、私の劣情を煽る一因だ。

 彼女の身体を見ていて思うのが、まるでモデルのようなスタイルだと言う事。

 決して大柄とは言えない彼女だが、その手足はすらりと長い。他人よりも顔が小振りな事もあり、遠目から見るとかなりの高身長に見えるのだ。

 しかし、実際に並んで見ると、150中頃しかない私よりも更に小さい事が分かる。

 これは最早、神が与えたもうた奇蹟では無いだろうか?

 彼女の前では、あのミロのヴィーナスでさえ太ったおばさんに成り下がる。

 

「……何だよ」

 

 声を掛けてから凡そ一分半。無言で見つめ続ける私に対し、彼女は些か不機嫌そうに問い返した。

 

「何でも無い。呼んでみただけ」

 

「…………」

 

 

痴態その3「その知恵は生命の樹に由来したり」

 

 正直、私は私を抑えきれる自信が無い。

 彼女の何気ない仕草、その一つ一つが私を誘惑して止まないのだ。

 ほんのり上気して朱がさした頬を見つめているだけで、まるで胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

 彼女に触れたい。その柔らかそうな頬を撫でたい。細い首筋をなぞってみたい。額に口付けをして、髪の毛の匂いを胸いっぱいに吸い込みたい。

 どうしようもない、そんな衝動に駆られながら。しかし私はそれが許されざる行為である事も理解していた。

 例えば、今手許の資料に集中している彼女を背後から抱きすくめてみよう。

 彼女の細い身体ならば、私の腕でも簡単に包み込むことが出来るだろう。

 そうしたら、彼女は驚きに声を上げるだろうか? 普段あまり表情を表に出さない彼女の悲鳴はどんな声だろうか。可憐なその声に似合った、高く愛らしい悲鳴だろうか。それとも、驚きの余り声も出せずに固まってしまうだろうか?

 想像しただけで多量の唾液が分泌されるのが分かる。そしてそれとは反対に、高まった体温で唇が乾燥して来た。

 舌なめずりをしながら、足音を殺して彼女の背後に立ち、黒い欲望の塊となった左手を伸ばす。

 

「……ッ!」

 

 手のひらが彼女の肩に触れる。そのすんでのところで、私は自制心を取り戻す。

 危ない……もしここで欲望のままに彼女に襲い掛かったりしていようものなら、一体どうなってしまっていた事か。

 

「何?」

 

 ほっと息を吐く私に、不意にそんな言葉がかけられた。

 気付けば私の手は、彼女の左腕に添えられていた。無意識の産物とは恐ろしい。

 私は自身の迂闊さを激しく呪いながら、何とか誤魔化そうと混乱する頭を必死に振り絞った。

 そして……閃いた。

 

「ねぇ鈴芽。もっとベタベタしましょ」

 

 秘奥技、女子高生同士では極々一般的なコミュニケーションです大作戦。

 むしろ何の臆面もなしにボディタッチを行う事で、いやらしい考えを悟られないようにするものだ。

 しかも本当に彼女とベタベタ出来ると言う特典つき。

 私は黒い期待に胸を躍らせながら、彼女の肩へと手を延ばした……のだが。

 

「暑苦しい」

 

 その手を彼女は、事も無げに振り払ってしまった。

 ……もう、鈴芽ったら恥ずかしがり屋さんなんだから。

 

 

 

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