Vanishing Ray

Vanishing ray Stage03-A “Warlock battlefield”

- Loud laughter of Full Metal Beast -

『ふむ、逃げたか……まあいい、こちらもそろそろ潮時だな』

 撤退するインモータルとナインフェザーの姿を見遣りながら、アンノウンのオペレーターは周囲の教団員たちにも届くようにそう呟いた。

「大した妨害ではありませんでしたが、すばしっこい航空型二機にうろちょろされたのは目障りでしたね。やはりあの機動力は厄介だ」

 アンノウンからの声に応じたのは、インモータルを焚き付けた例の青年だ。忌々しげにそう吐き捨てながら、手に持った長銃をぱしんと叩いた。

『仕方があるまい、基地を壊滅させられなかったのは残念だが、敵の増援ももうすぐそこまで迫っている。一旦後退して次の機会を狙うぞ』

 おそらくアンノウンのオペレーターがこの一団のリーダー格なのだろう、外部スピーカーから発せられる男の声に一同は鷹揚に頷き返し、すぐさま踵を返して撤退を始める。

 

 不意にアンノウンの巨体が上体をひねり、基地の方へと視線を送る。

『黒き死神……直接まみえる事が出来るかもしれんな』

「どうかしましたか?」

 かすかにスピーカーから漏れた声を聞き取ったのは件の若い教団員だった。

 しかしオペレーターは『いや』と短く答るのみ。一団は変わらぬ足並みで基地から遠ざかって行った。

 

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 辿り着いた発着場は荒れに荒れていた。砲弾の直撃こそなかったものの、付近の地面が激しく抉り取られ、その爆風と弾け飛んだ岩石の破片によって施設そのものにダメージを受けていたのだ。

 ゲートオブハデスを含む固定されていた機材は難を逃れたが、庫内に並べられていただけの備品等々はまるで台風に襲われた後のような惨状だった。

 ふらふらと地に足をつけたインモータルは、そのまま崩れ落ちるようにして召喚状態を解除した。迎えに出てきていた整備員があわててそれを抱きとめたが、インモータルはぐったりとしたまま動かない。体が小刻みに震えている点からも意識を失っているわけではないことが分かるが、それでもこの状態は致命的だと感じられた。

「インモータル、大丈夫か?」

 同じく召喚状態を解除し、僕はインモータルを助け起こす。

 力自慢という訳でもない僕の腕で簡単に引き起こすことが出来たとき、僕は彼女の身体がこんなにも小さかったのだと知った。

「キューちゃん……」

「どうした、しっかりしろ」

 インモータルは震える声で僕の名呼んだ。肩を抱く僕に体重を預けながら、どこかぼんやりとした様子で、焦点の合わない瞳で小さく言葉を紡ぐ。

「あいつは……あいつらは一体……」

「転送されてきたデータを見ましたが、あれはジエイエンという作業用召喚機械です」

 インモータルの問いに答えたのは、基地の管制員だった。

「ジエイエン……やっぱりM型か。でもあんなに大きくはなかった筈じゃあ?」

 管制員の言葉に、僕は自分の記憶にあるその名前の機体と照合をかけた。

 ジエイエンと呼ばれるそれは、WoSの前身にあたる非軍用改造召喚獣の一種だ。蜘蛛型モンスターを素体としたそれは、小さなボディに機械腕を取り付けることで様々な作業を行える工業用の重機であり、その特性から召喚機械の通称で知られていた。それがどうしてあんなに巨大なWoSになっているのか。

「ジエイエンのオペレーターと話したようですが……違和感を感じませんでしたか?」

「違和感?」

 会話というほどではないが、確かに言葉を二三交わしはした。僕らを侮蔑するような言葉を一方的にぶつけられただけだったので、その「違和感」が何を指しているのかが分からなかったが、管制員の言葉の続きを聞いたとき、その違和感というものが僕の心中にも芽生えた。

「奴はもともと人類軍上がりの傭兵で、かなり腕の立つWoS乗りでもあった男です。最近は教団と結託して、あのジエイエンで各地の人類軍駐屯地を攻撃して回っているようなのですが……」

「なるほどね、だからあんな物言いをしたってわけか」

 兵士としては二流以下……確かにその通りかもしれない。本来ならば守るべきである人類が敵にまわり、それを打ち倒さねばならないという場面で、彼女……インモータルは迷ってしまった。つい半日前、僕がナイアス王に対して迷いを振り切れなかったあの時と一緒だ。

 あの時はインモータルも自身の決意と、そしてナイアス王の意志をくみ取ることで砲口を向けることが出来た。しかし今回はそれとはわけが違った。奴らはもともと失われる生命であった訳ではない。ガイストに浸食され、生ける屍となった訳でもない。ただ、周りの同胞を巻き込んで、破滅へと駆け込もうとしているだけの……人間なのだ。

 明確な敵でありながら、その実態は僕らと何ら変わりない存在……そのことが、僕らを激しく動揺させていた。

 ふと僕は腕の中で震えるインモータルの姿を見る。

 そこにあるのは強大な悪を打ち払う英雄の姿ではない。ただ小さな少女が怯えている。そんな姿だった。

「……これまで奴にここが攻撃されたことは?」

「え? いや、確かに散発的な攻撃はありましたが、ここまで大規模な被害を受けたことは……ああ、なんてことだ」

 突然の問いかけに管制員は改めて周囲を見回すと、その惨状に悲鳴を上げた。だが申し訳ないが、僕はそれに構ってやるつもりはなかった。

「ということは、やっぱり奴らの狙いはインモータルってことだな」

 僕の言葉に、腕の中のインモータルがびくりと体を震わせた。

「僕らが留まっているとまた襲撃があるかもしれない。このまま置いていくのは心苦しいところだけれど、ゲートオブハデスの調整が終わり次第僕らはここを発とうと思うんだけど……」

「そんな!」

 予想通り、管制員は再びの悲鳴を上げた。自分たちを見捨てていくのか! そう言いたいのだろう。

「考えても見てくれ、普通ならゲートオブハデスが運び込まれ、かつインモータルが再出撃できないこのタイミングで仕掛けてくるなんておかしいじゃないか。ゲートオブハデスの搬入を見てから攻撃の準備をしたならば、下手をすればインモータルと真正面からやりあうことになるかもしれない。むしろ基地を攻めるだけならば僕らがここを離れてから攻撃した方が安全だし、確実だ。という事は……ここが襲撃を受けたのは、やはり僕らが来たことが原因だ」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

 思わず同意しかけ、しかしインモータルの様子をちらりと見遣った管制員ははっと口を押えた。

「いや、良いんだ。僕らの思慮が足りなかった……僕らが離れれば奴らもここを狙う必要が無くなるだろうから……」

「ちょ……チョマッテゥダアイヨ!!」

 基地が心配ではあるものの、今はインモータルをここから逃がすことが優先だと判断し、僕はそう口にした。しかし、新たに発着場へと現れた人物の言葉がそれを遮った。

「ハルマー?」

「アニキィ、どうしてなんスか! 俺たちを見殺しにするつもりなッスか!」

「いや、そんなつもりは」

 見殺し。その言葉が僕の胸にぐさりと突き刺さった。確かにその通りなのだ。僕の取ろうとしている選択は、危機に瀕しているウォーロック前線基地の現状から目を逸らし、そこにいる人々を見殺しにしようとしていることに他ならないのだ。

「お願いしますよ、あいつらきっとまたここに現れます。俺にゃ分かるンすよ! あいつらは人間すべてが滅べばいいって思ってやがる、それには俺たち軍の人間が邪魔なんですよ。だから……だからお願いしゃっす、ここにいる奴らを守ってゃーてくだせっすよ!」

 ハルマーの言い分もわかる。この基地の戦力だけで、各地を荒らしまわっているというジエイエンに対抗するのは難しいだろう。インモータルの戦力を当てにするのも無理からぬ事だ。だが……

「…………」

 今のインモータルを、人間である教団員たちと戦わせることが出来るのだろうか?

 本来ならば戦わなければならないことは明白だ。それが僕らの役目であり、R-02インモータルの存在意義でもあるのだ。

「お願いしますよ……ここには軍人だけじゃねぇ、一般のやつらもたくさんいるんです!」

「……ああ」

 ……断れる筈がなかった。

 唸るようにそう絞り出し、小さく首肯した僕の姿にハルマーはぱっと表情を華やがせ、深々と頭を下げて格納庫から立ち去って行った。

 外では出撃していた友軍機が帰還し、次々と召喚を解除しているのだろう。装備を外し安堵の息をつく声や、基地の惨状を前にもらされた嘆息が僕らの耳にも届いた。

 誰もが精一杯生きようとしている。喜びも悲しみも、彼らが生きている証だ。そんな彼らを見捨てて、僕は逃げ出そうとしていたのか……

 自身に対する失望は観測機乗りの職業病ともいえる。無力感に苛まれながら、何より僕はたった一人の少女すら救ってやる事が出来ない自分を呪った。

 今はせめて彼女の不安を少しでも和らげてやれたらと、僕はそっとインモータルの肩を抱きしめる。

 そんな事しか、僕には出来なかった。

 

 

 時刻は夜の九時をまわろうかという頃。食堂が半壊していたため、夕食は屋外での炊き出しとなっていたが、それも撤収が済んで周囲はすっかり静まり返っていた。

 応急処置が済んでいない兵舎などでは補強用の柱を固定し、ビニールシートによって穴を一時的に塞いでいる姿も散見されるが、ほとんどの施設では明かりも落とされている。夜の帳のただ中でいまだに働いているものと言えば、見張り番と夜勤の管制員、そしてゲートオブハデスの最終調整を行う整備班程度のものだった。

「インモータル、気分はどうだ?」

 格納庫の端、毛布に包まって整備班の作業をぼんやりと見つめるインモータルの姿を認めた僕は、そういって彼女のもとへと歩み寄った。

 彼女の脇にはトレイに乗った簡素な食事があった。どれにも手を付けないまま、どうやらすっかり冷めてしまっているようだ。

「なんだ食べてないのか? せっかく用意してくれたものなんだからしっかり食べなきゃ……」

「食欲が出ないのはわかるが、摂るものも摂らずにいてはもたないぞ」などと月並みな事を口にしながら、トレイを挟んでインモータルの隣に腰を下ろす。ゲートオブハデスの調整はほぼ終了しており、あとはジェネレーターに大量のクリスタルエナジーを注入すればインモータルの召喚が可能となる。

 そのため作業員たちが人力でクリスタルケージを運び込んでいるところだった。

「キューちゃん」

「うん?」

 膝を抱えたままの姿勢で、インモータルが呟いた。しかしそれに続く言葉はなかなか出てこない。

 沈黙が僕らを包み込み、作業員たちの足音だけが耳に残った。

 だが、今は構わないだろう。インモータルが何を言いたいのかはわからないが、彼女が自らの意志で話すことが出来るその瞬間まで待ってやればいい。

 

 そして……やがて、インモータルの唇が小さく開かれた。

「あ――」

「整備終わりました、いつでも召喚できますよ!」

 空気読めやこの野郎!

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