Vanishing Ray

Vanishing ray Stage03-A “Warlock battlefield”

- Loud laughter of Full Metal Beast -

 気がつけば、空は茜色に燃えていた。

 僕らがウォーロックの前線基地に到着したのが朝の内だったので、半日ほど眠っていたということだろうか?

 いや暫く眠らせてもらえなかったからせいぜい四〜五時間といったところだろう。硬いベッドから這い出して、僕は発着デッキの反対側にある見晴台へと出た。高台から見下ろす農地からは、農業機械に乗って居住区へと引き上げる農夫たちの姿が見える。

 戦時中、それもガイストが犇くエスティセアの大地にあって、ここには非常にのどかな風景が広がっていた。

(ガイストが居なかったら、世界中でこんな風景が見れたのかな?)

 自分自身の記憶にはない両親の故郷に思いを馳せ、僕は瞳を伏せた。

 両親の故郷は緑に囲まれた豊かな土地だったと聞いている。ガイストがその地にまで進行してきたのは両親がまだ幼い頃であり、二人も明確にはその土地のことを覚えてはいないという。

 いまその地がどんな状況になっているのか、可能ならばこの目で確かめに行きたい。そして僕と……もしも身勝手な願いが叶うのならば、僕とインモータルの力でガイストから取り戻したい。

 そう思っている。

「何を黄昏ているんだい?」

 不意に背中に投げかけられた声に、僕はゆっくりと振り返る。

 高く、細い声だった。そしてその声の主と思しき人もまた、小柄で線の細い女性である。

 こんなところに少女が居ることに疑問を感じたが、見れば彼女は作業着のような上下繋ぎの装束に身を包み、長い黒髪を一つに束ねている。ハルマー同様、基地の整備班に所属している人だろうか?

 僕がそんな思案を募らせていると、彼女はつかつかと僕の横にまでやってきて手すりを掴み、んーっと背中を反らせた。胸は小さい。

 深呼吸をしたのだろう、彼女は伸ばした背筋を元に戻すと満足そうに頬を緩め、そして言った。

「おやおや返事もなしかい? 相棒に対してちょっと冷たくはないかねぇ、キューちゃん?」

「……え?」

「うん?」

 蛙を轢き殺したような声を漏らす僕に、彼女は笑顔のまま小首を傾ぐ。

「ま、まさか……まさか……」

 わなわなと震える指で彼女を指差し、僕は必死の思いで言葉を紡ぐ。

「インモータル?」

 いやまさか、そんなはずは無い。そう思いつつも、状況証拠がそうだといっている。現に彼女自身が何だ今更とでも言いたげな表情で、腰に手を当ててこう返してきている。

「まさかも何も、君をキューちゃんなんて呼ぶのは私くらいのものだろう? おかしな奴だね君は」

「えええええぇぇぇぇぇーーーっ!? ウソだろ!?」

「なっ、ウソって何だよ! ちょっと失礼だぞ君は」

「だってインモータルだろ? インモータルっつったら中身オッサンだろ? 親父ギャグ大好きなオッサンだろ!?」

「ちょっとそれ本気で言ってる? だったら本当に傷つくんだけど!?」

「ホントにインモータルなの!?」

「ホントにインモータルだよ!」

 ウソだ……信じられない。というか信じたくない。

 僕はてっきり、インモータルのオペレーターは僕の倍近い年齢のオッサンだと思っていたのだ。だってあの豪胆さ、冷静な判断能力に操縦技術。そして何より、あんなに下らない親父ギャグや無駄話を繰り返していたのに!

 くぐもった旧式レシーバーのダミ声補正があったとしても、あのオッサン臭さは本物だったのに!

「はあ……なんてこった」

 理由は分からないが、僕は激しくしょげていた。物凄い脱力感と虚無感。なんか大切なものを道すがらに落っことしてきてしまったような気分だ。

「……なんで君が落ち込んでるんだよ。ショックなのは私の方だって言うのに」

「いや……スマン」

「え? う、うん……こっちも何ていうか、ごめん」

 いや、なんでお前まで謝ってんだよ。

 

 不思議な空気の中、ぼんやりと農園風景を眺めているとインモータルがふっと顎を上げるのが目に入った。何か空を飛んでいるのかと思い、釣られるように僕も視線を上げたが、空には茜色の雲がゆっくりと流れているだけだ。

 やはりこの少女の姿をしたインモータルというのは違和感が拭えない。年若い女性であるということまでは、半ば無理やりにでも納得するとしよう。しかしだ、彼女は見るからに若い。おそらく僕よりも年下であろう。

 僕とて階級の高い士官ではないが、これまで数々の視線を潜ってきたのだ。年齢の割には高い地位にいるというのも事実だ。

 にも拘らず彼女……インモータルは僕よりもさらに年下で、それでいて僕よりも上の階級を持っている。彼女が名家の血をひくエリート軍人であるというのならばわからなくもないが、これまで行動を共にしてきた間の態度から見て、おそらくそれはない。そもそもそんな名家のお嬢様が使い捨て上等の試作機テストオペレーターに抜擢される筈がない。

 となれば、彼女の階級は特進前提のものということか……

 どうしてこんな少女が?

 流れる雲が解け、次第に空へと溶けてゆく様子を見つめながら、しかし僕の心には疑問が尽きることがない。

 誰が答えてくれるわけでもないその問いを、僕はただ胸中で繰り返していた。

 

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 何故私なのだろう?

 それはずっとずっと考えていた事だった。

 自分よりも強い者は幾らでもいる。自分より優秀なWoS乗り、歴戦の勇者、天才と呼ばれる若者や古強者も多い。

 確かに自分は身寄りのない、死んだところで誰も困りやしないていの良いコマなのかもしれない。

 だけど……どうして私なのだろう?

 何度も何度も問いかけ、それでも答えなど出ない。

 きっとそういう運命なのだ。それ以外に見当たる理由など存在しない。

「あの声」が囁くように、戦い続けるだけだ。

 生きるため、生き残るために、私はただひたすらに戦い続けるだけだ……

 

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「キューちゃん、聞こえた?」

「え、何が?」

 インモータルの問に、僕は視線を隣の彼女へと引き戻す……

「……気のせいかな?」

「だから何が?」

 その口振りから見て取る限り、今彼女には何かが聞こえたということだろう。しかしナインフェザー召喚中の僕ならばともかく、生身の僕には何もおかしな物音は聞き取れなかった。

「うん、地鳴りって言うか……物凄い遠くで足音が聞こえる感じっていうか」

「足音ねぇ」

 その言葉を受け、僕はもう一度耳を澄ましてみるが、やはり聞こえるのは風が大地を撫でる音くらいのものだ。僕らが寝ている間にクリスタル兵器の修繕は終了していたらしく、格納庫からも作業音は聞こえて来ない。静かな夕暮れだった。

「インモータルってそんなに耳いいの?」

「いや、そんなことないけど」

 じゃあ空耳じゃない? と簡単に言い放つと、インモータルもそっかと簡単に納得する。いつもながら軽い調子である。

「じゃーいいや、キューちゃんご飯食べに行こう」

 疑問が晴れたといわんばかりの調子で、インモータルは伸びをしながら兵舎へと足を向けた。僕らの足元に位置する一階部分は丁度食堂になっているらしく、さっきからいい匂いがしていた。ご飯というフレーズを受け、自然とお腹がぐぅと鳴いたのも無理からぬことだろう。

「ははっ、キューちゃんも腹ペコだね!」

 僕の腹の虫を耳ざとく聞きつけたのだろう、インモータルはさも愉快そうに声を上げた。

 全く……やっぱり耳がいいじゃねぇか。

 

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 インモータルとナインフェザーのオペレーター両名が兵舎へと入ってゆく様子を、赤土に覆われた禿山の頂から頭を覗かせた男が見ていた。

 折りたたみ式の望遠鏡をたたむと、男は足元の通信機をとり、早口でこう告げた。

「こちら毒躯壱号。注意人物が屋内に入った、直ちに攻撃を開始せよ」

 以上。と言葉を締め、待つこと数秒。インモータルのそれに近い、ノイズ混じりのくぐもった声で、短い声が返ってくる。

『――承知』

 男はその返答を受けると、刻み込むように己の胸に掌を重ねた。

 その動きに呼応するかのように、そこより少し低い丘の影から、同じく頭と体を白い布で覆った男たちが地に伏せていた体を起こす。

「全ての人類に英霊の導きを」

 そして彼らは音もなく散っていった。あたかも砂上を駆け抜ける毒蜘蛛のように……

 

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「チィーッス! インモータル大先生、ナインフェザー兄貴ご苦労様ッス!」

 僕らが食堂で席につくと、先に来ていたハルマーが勢いよく駆け寄ってきた。下唇を突き出し、下歯茎を剥き出しにしつつ腰をくの字に曲げる。恐らく彼としては最敬礼のつもりなのだろう。

「メシっスか? つかメシっスか? オレとって来ましょうか? 何食います? 何いいっスか? 肉っスか? しいたけっスか? サラダとか食っちゃう系っスか?」

(うぜぇ……)

「栄養のあるもの持ってきてよ。私はこれからもガンガン戦ってかなきゃいけないんだから」

「カシャシッヤッス! スグとってくっスからチョマッて下さいっス!」

 相変わらず何を言っているのか全然分からないが、インモータルの注文を受けてハルマーは小走りでカウンターへと向かっていった。

「すっかりパシリだな」

「自分救世主ですから」

「さいですか……」

 間違ってはいないがあんまりなインモータルの物言いに頭痛を覚え、僕はため息交じりに視線を逸らした。

 見やった先には瞬く間にインモータルの舎弟と化してしまったハルマーの後ろ姿。

(そういえばあいつ、僕らについて来たいとか言っていたなぁ)

 不意にそんな事を思いだした僕の脳裏に、どーんと構えたインモータルとそれにヘコヘコ付き従うハルマー、そして隣で頭を抱える僕の姿が浮かんできた。

(いやいや何を考えているんだ!?)

 悪いイメージを振り払おうと、僕は必死に頭を振った。そんなパーティ編成はまっぴら御免だ。

「うん、どうかした?」

「何か嫌な未来が見えた」

「ふーん、変なの」

 その変なのの親分がお前なわけだがな。

「シャーッス、オマチャアシタッス! インモータル大先生見てくださいっスよ、コレここの名物のBNK(ベーコン・香草・チーズ)サンドっスよ、めっちゃウメェッスからどんどん食ってくださいっスよ!」

「ん、ありがと」

「ナインフェザーの兄貴もどうぞ、腹いっぱいになるまでジャンジャン食ってくださいっス!」

「あ、ああ。ありがとう」

 名物という割りに内容物がとてもリーズナブルな気がするが、味はイチオシらしい。空腹ということもあり、僕らは躊躇いなく目の前に置かれたトレイに手を伸ばそうとした。しかしそこに新たな敵が襲来する。

「おー、あんたらがあのインモータルか!」

「何だって? あのガイストどもの死神が?」

「馬鹿。インモータルつったら英雄じゃねえか、俺にも見せろよ!」

 食堂に居合わせた多くの作業員たちが、インモータルがいると聞きつけて僕らの席へとどっと押し寄せてきたのだ。

 あっという間に体格のいい男たちに取り囲まれ、汗のにおいと圧迫感でこれまた何ともいえない気分だ。食欲が一気に減退するのがわかる。

 インモータルの出撃時はその存在がぎりぎりまで隠されていたが、出撃後は情報統制がとかれたどころか、軍政府が率先して情報を広めているらしいことは長距離通信で得ていた情報から知っていた。何せ巨大ガイストを立て続けに撃破した英雄だ。人類軍全体に大いに希望をもたらすのは明々白々。伝えない方が損というものだ。

 その効果は見ての通り、明らかに直接の軍属ではないであろう者までが英雄の到来を歓迎し、希望に満ち満ちた表情を浮かべている。それに関してはインモータルも自覚があるらしく、ありがた迷惑に感じつつも愛想よく笑っている。アイドル気取りかテメーはと突っ込みを入れたくなるところだが、一応人前なのでやめておこう。

「オイテメーら、大先生たちが静かにメシ食えねーじゃねぇかよ! ちったあ静かに待ちやがれよ!」

 そこで声を上げたのは、我らがインモータル大先生のパシリ候補、ハルマーだった。偉いぞハルマーと内心ガッツポーズをしながら心の中だけで褒めていると、その言葉に作業員たちもはしゃぎ過ぎだったと自重し、一先ずは平穏な食事の時間が帰ってきた。

「やーすいませんっスね、先生方。ヤロー共ドカタのビンボー人ばっかりなんで礼儀ってもんがゼンッゼンなってねぇんスよ。まあこんなところだから勘弁してやってくんねぇっスか?」

 と、仲間のフォローも忘れていないあたり、案外ハルマーも良い奴なのかもしれない。

 ともあれやっと食事にありつけると、僕とインモータルは再びトレイのBKCバーガーに手を伸ばそうとしたのだが……「正にその瞬間」というやつは複数回訪れることもあるようだ。

 食堂の壁に取り付けられた赤色ランプがけたたましい警戒音とともに発光を始めたのだ。

 これは軍が非常召集時につけるランプと同じものであり、僕やインモータルにとっては非常に聞き慣れた音だ。

 BKCバーガーに伸ばしかけた手でテーブルを叩き、椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がった僕らは、目を丸くするハルマーや作業員たちを一顧だにせず、二階発着デッキへと続くドアへ向かって走り出した。

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