|
Vanishing Ray Stage02
“the Straits of Scylla” - A Hermit in contaminated blue - |
||
|
5 「ナイアス王、すぐに脱出しましょう。召喚を解除してください」 「…………」 僕の呼びかけに、ナイアス王は答えなかった。すぐにでも脱出をしないと出口が……いや、それももう手遅れだ。僕らが侵入してきた壁面の穴は、落盤によって真っ先に塞がれているし、親型ガイストが体を通していた穴も既に岩の下だ。 「ナイアス王!」 焦りと苛立ちから、僕は思わず声を荒げていた。その様子にインモータルも不審に思ったのだろう、僕の方へとずいと詰め寄り、切迫した声で問いかけてくる。 《どうなってるんだキューちゃん。そんなにまずい状況なのか?》 だが僕は答えない。答えたくない。 とにかくナイアス王を回収することだ。それが僕らがここから生きて脱出する唯一の道筋なのだ。 「解除は……できぬ」 「なんだって? どうしてですか!」 「予は……朽ちかけた肉体を保つため。召喚獣と完全に同化し、自らの時間を止めたのだ」 「え……?」 召喚獣との完全同化。そんな技術は耳にしたことがなかったが、言葉どおりの意味だとすれば彼……ナイアス王はもう元の姿に戻ることができないのだろう。 「水も食料もないこの場所で研究を続けるためには、人としての肉体を捨てる以外方法がなかったのじゃ。予はこの場所でガイストの生態を研究し、後の世に……そう、そなたら若い世代の人間たちに、奴らに対抗するための方法を見出さねばならなかった……それが永きに渡り召喚技術の研究に携わってきた、予が成さねばならぬ最後の使命だったのじゃ」 その言葉で、僕はナイアス王の人としての肉体が完全に失われている事を確信した。命を繋ぐため、研究の時間を稼ぐために、彼は人間としての肉体を捨て去ったのだ。 召喚獣と融合すれば、魂の時間が停止する。それは即ち召喚中如何なる状況におかれようと、召喚者自体の肉体には変化を及ぼさないと言う事を意味している。たとえ生身では数分と持たないであろう状況であっても、ひとたび召喚を行えば、その常態が解除されるまでの間は肉体を保つことが出来る。 そして魂が完全に召喚獣と同化したいまのナイアス王は、もう二度と召喚状態を解除することが出来ない。 《いけない!》 突然インモータルが僕を突き飛ばした。倍にもなる体格のインモータルに押し飛ばされた僕が今までいた場所へは、インモータルの身体と同じくらいの大きさがある岩盤が落下してきていた。 《クソッ、こうなったら真上に風穴開けてやる!》 「ダメだインモータル! 一か所に衝撃を加えれば、そこから一気に崩落してくるぞ!」 《だったらどうしろっていうんだ!?》 確かにSWCの破壊力は絶大だ。しかし分厚い岩盤を一撃で貫き通すことは出来ないし、真上に撃ち込もうものならば次弾を撃ち出す前に僕らが生き埋めになってしまう。まさに八方塞だ。 《……ッ!!》 すると何を思ったのか、インモータルはSWCの砲口をナイアス王へと向けた。 「インモータル、何をする気だ!?」 《…………》 僕は言っていない、ナイアス王の召喚解除が僕らに残された唯一の脱出口であることを。 ナイアス王が変化したゴーレムの反応が地表に届くほどの高さを有していることを。僕は口にはしていない筈だ。 (いや、まさか!) そこで僕は思い出した。今、僕とインモータルの間には専用の回線によって情報が共有されているのだ。すなわち、僕が検知した情報はインモータルにも筒抜けになっている。 いや、そんなことは問題ではない。僕はインモータルの前に立ち塞がり、大声で怒鳴りつけた。 「馬鹿野郎、どういうつもりだ!」 《それはこっちのセリフだ、そこをどけ!》 インモータルの声は切迫している。当然といえば当然だ……だが、僕はそんな彼の行動がどうしても受け入れがたいものに見えて仕方がなかった。 「殺す気なのか、彼を! ナイアス王を!」 《うるさい! 私は……こんなところで死ぬわけにはいかないんだ!!》 「何!?」 《お前だってそうだろう。ここで死んだらすべてが水の泡だ! 私たちは生きてここから脱出しなきゃならない……どうしても邪魔をするなら、まとめて吹き飛ばすぞ!》 「……!」 目の前が真っ白になるような気分だった。 インモータルは人類の未来をかけた希望の光だ。その事実が、彼を清廉潔白な存在であると僕に思い込ませていたのだ。 そんなことがある筈はない。彼とて僕らと同じ、何一つ変わらない人間であるということを、僕はいつの間にやら忘れてしまっていた。 勝手な理想を押し付けておいて、そして失望するなどなんて身勝手なことか……でも僕は、まるでインモータルに裏切られたかのように感じてしまっていた。 「そうだ……それで、良いのじゃ」 「ナイアス王?」 そんな僕の背後から、地響きに紛れて掻き消えてしまいそうな声が投げかけられた。 「その者の行動は正しい。そなたらは生きて、ここから脱出せねばならぬのだ。それが人類の未来のため……ひいては、それを願い、今このときに至るまで生き存えてきた、予のためにもなる」 「そ、そんな……」 ナイアス王の言葉に、僕は激しく打ちのめされる思いがした。 確かにその通りだ。どちらが間違っているかと問われれば、それは僕の主張に違いない。 インモータルは軍人で、人類の未来を担う存在だ。 そして僕は、インモータルの戦いを見届け、必ず生きて帰らなければならない。 すべては人類のために。 「命を奪って……何が人のためになるんだ」 《…………》 力なく呟いた言葉に、インモータルからの返答はなかった。 「あんただって……みんなを守りたいって、言ってたのに……」 《…………》 答えてほしかった。 そんな状況じゃあない事はわかっていたが、それでも僕は、この問いに対する解答が欲しかった。 「ありがとう、若者よ……」 「ナイアス王?」 暫しの沈黙の後、不意にナイアス王の言葉が届く。やっぱり彼も生きたいんだ。希望のその先を見届けたいんだ! 確信を持って振り返った僕を待ち受けていたのは、安らかに瞼を閉じた、死を受け入れようとする老人の顔だった。 「だが、予はもう生き過ぎた……それこそ、人としての形を忘れてしまう程にの」 「そ、そんなこと……」 「それにのう。近くに居るときはあんなに煩く思っていた声が……今は恋しゅうてたまらんのじゃ……」 「……!」 その一言で、僕は全てを悟った。 彼は……ナイアス王は、もはや一人ぼっちなのだ。彼と共にあったホムンクルス達もいなくなり、彼をよく知る者もエルソードと運命を共にした。 彼はいま。僕等の存在を認めた事で、永らえてきたその命の役割をようやく全うしたのだ。 「若者たちよ……あとの、世界を……頼んだぞ……」 「…………」 一体どう答えれば良いのか。僕にはその答えが見つからなかった。 ただ、もう彼を引き停めることは出来ないと……そうすることで苦しみを長引かせるだけだと言う事だけは、理解出来た。 いま僕等にしてやれる事は何もない。 彼が過ごしてきた永い、永い孤独な時間に終止符を打ってやる事以外は。 「……インモータル」 《わかってる……》 一言ずつの短いやり取りを交わし、僕は前を明け渡す。 《痛みは一瞬だ》 SWCを放つ直前にぽつりと呟いた、恐らくそれがインモータルなりの慈悲だったのだろう。 轟音と衝撃波が今なお崩壊を続ける洞窟内を駆け抜け、壁面にあたる部分にまで無数の亀裂が走った。加速的に崩壊を早める洞窟。天井部分のみならず、壁面からも剥がれ落ちた岩盤が跳ね上がり、洞窟内は数えきれないほどの飛礫が飛び交いはじめた。 閃光に眩んだ眼を慣らす暇もない。僕らは無我夢中でクリスタルエナジーの奔流の中……ほんの数秒前までナイアス王だった者がいたその空間めがけて機体を飛び込ませる。 《地表の岩盤をぶち抜く。落石に巻き込まれるなよ!》 ゴーレムの身体が収まっていた岩盤の隙間に滑り込むように、機体を垂直に上昇させながらインモータルが叫んだ。再び右肩のSWCへとクリスタルエナジーを送り込み、インモータルは今度こそ頭上の岩盤めがけてその一撃を放った。 正面からの爆風に押し戻されそうになりながらも、僕は必死に機体を上昇させ続けた。遅れれば一巻の終わり……一瞬でも怯めばそこで終了だ。 「うわああああぁぁぁぁぁぁっ!」 がむしゃらに声を上げながら、降り注ぐ岩石の雨を突き抜ける。余計なことを考えているほどの余裕はない。ただ前へ、前へと突き進み……突然視界が開けた。 空と海。そしてその境界にはまだ顔を出さない太陽の光がぼんやりと浮かび上がっていた。 すると今度は視界がぐるりと反転し、僕は背中から地面へと叩きつけられていた。 「あうっ! 痛ぅ〜……」 背中に背負ったRAMクリスタルは衝撃で破損しないよう、強固なカプセルで保護されている。僕が背中から地面にたたきつけられた程度では傷一つつかないのだが、反面それを背負っている僕は激しい痛みにもんどりを打ってもがいた。 そしてふらふらする頭を何とか落ち着けて顔を上げると、やはり朝焼けの空が彼方に見えた。 「助かった……のか」 《よかったな》 頭上からかけられたガラガラ声に面を上げると、そこには僕以上に傷だらけになった死神の姿があった。 胸部装甲板はベコベコに歪んでおり、元の鋭角的なフォルムは失われている。腹部を覆っていた強化繊維のローブは襤褸切れ同然になり、真っ赤な輝きを湛えたクリスタルジェネレーターが露出している。 僕が受けたような細かな破片だけでは、インモータルの装甲がここまで被害を受けることはないだろう。 「守ってくれた……のか?」 《…………》 僕の問いかけに、インモータルは答えなかった。 ただ、僕が自分の力で起き上がるまで、彼は静かに僕の隣に佇み、待っていてくれた。 |
||