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Vanishing Ray Stage02
“the Straits of Scylla” - A Hermit in contaminated blue - |
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4 インモータルがディバインラスターを一閃二閃と閃かせると、朽ちたガイストの肉壁はスープに浮かべるクルトンのように四角く切り崩されていった。地面に落ちた肉片がベチャベチャと湿った音を立てる様子は若干不快ではあったが、今はそんな事を気にしている場合ではないようだ。 「……一応この先に広い空間があるようだな。其処に一つ、正体不明の生体反応がある」 《さあて、鬼が出るか蛇が出るか》 僕の報告を聞きながら、ザクザクと壁を切り進んで行くインモータルは、相変わらずの軽い口調で呟いた。 《それとも仇敵、悪霊か》 自分だって幽霊じゃないか。などと思いながら、しかしそれを口にする訳でもなく、僕はインモータルの後を追って肉のトンネルを歩いた。いまだ僕等を取り囲むガイストの肉体は脈動するように動いてはいるが、核が破壊されてから肉体の再生がぴたりと停止しているあたり、息の根を止める事には成功しているようだ。 トカゲの尻尾が切り離されても暫く動いているアレと同じような原理なのだろう。 そんな事を考えて居るうちに、インモータルはガイストの外皮を突き破り、僕等はようやくガイストの体内から脱出する事に成功した。 《やれやれ、こうやって見ると本当に大きいね》 先ほどまで自分達が納まっていた巨大ガイストの残骸を顧みながら、インモータルは感想を述べた。 見ればなるほど、ガイストの全長こそ窺い知ることは出来ないが、僕等が入っていたのはガイストの身体の先端に近い場所に過ぎなかったようだ。このガイストはトライリス・タワーの地下部分めがけて海中から進入して来たらしく、身体の大半が岩盤にぽっかり空いた穴に収まっており、其処から下は海中に沈んでいる。空洞となっているこの空間の天井部分にめり込んでいる無数の牙のような物で岩を削り、ここまで進入して来たのだろう。 身体の表面には堅い岩石が鱗のようにびっしりと張り付いており、どうやらそれを身体中に生えた吸盤のような器官で把持していたらしい。 《けっこう気持ち悪いヤツだったな》 「同感」 じゃあもう振り返らないようにしよう。暗黙の了解と言わんばかりに僕等は互いに頷き合い、トライリス・タワーの方へきっと顔を向けた。 ガイストが作り出したものなのか、それとも天然の洞窟となっていたのかは定かでないが、僕等の眼前には塩害に耐性を持つ焼結粘土材で組まれた、トライリス・タワーの基礎部分が聳え立っている。 反応は僕等から見て、その真裏。トライリス・タワーの基礎の向こう側にある。 この場所ならば敵ガイストの増援もないだろう。となれば残る敵はこの一体のみだ。僕等は気を引き締め、翼で一気にその距離を詰める。 そして円形の基礎部分に沿って洞窟を翔け抜けた僕等の前に、それは姿を現せた。 「これは……!」 そこに、それは居た。 まるで岩石のように……いや、岩石そのものが生きているかのような存在。インモータルの全長を越すほどの巨大な老人の顔が、岩石に刻み込まれていた。 それだけならば趣味の悪い彫刻だと思っただろうが、それはまるで眠りを妨げられたかのように不機嫌そうな表情で片方の瞼を持ち上げたのだ。 「だ……れだ」 《しゃべった!?》 大袈裟に仰け反ったのはインモータルだ。勿論僕も大いに狼狽えたが、それ以上にインモータルの反応が大きかった。 だが、驚愕する僕等の心中などお構い無しに、その存在は言葉を紡いだ。 「人間……か。懐かしいのう……」 「え、何で……お前は一体?」 混乱は驚愕に変わり、全身に悪寒が走った。コイツは一体何者なんだ。ガイストなのか? だとしたら、どうして人間の言葉を話せるんだ? そもそもガイストに固有の意思なんて言うものがあったのだろうか? 突然目の前に現れた現実は、これまで人類が培ってきたガイストに関する多くの常識を一瞬で打ち砕いて見せた……かに思えた。 「いや……知っている。僕は貴方を知っているぞ」 《え?》 ありえない筈だった。そんなこと、ありえる筈がなかった。 しかし、僕はその顔に見覚えがあった。幾度となく目にした肖像画、資料に記された写真。WoS乗りなら……いや、今この時を生きる人間ならば知らない筈のない人間だ。 そう、彼は…… 「ナイアス……王?」 《ナイアス王だって!?》 僕の呟きに、インモータルはくぐもった声を更に裏返らせた。 無理もない、目の前にあるのは何処からどう見ても人間ではない、岩石の化け物だ。 しかしその顔は、数多の資料に残されたエルソード王国国王、ナイアス・エルソードその人のものに間違いなかった。 「ナイアス王……どうしてこんな所に。その姿は、一体何があったのですか?」 必死に問いかける僕の言葉を受け、しかしナイアス王は双眸を細め、押し黙ったままだった。 「……ナイアス王?」 「久しいな」 「?」 「もう、人の声を聞くことも無いと思っておったが……」 焦点のあわない瞳で宙を見つめながら、ナイアス王は途切れ途切れの言葉を紡いだ。声は届いている……しかし、それに反応するだけの力がないのかもしれない。 《キューちゃん、これは一体。彼……ナイアス王はガイストにやられたのか?》 不安そうにインモータルが問いかけてきたが、僕はいいやと頭を振る。 「探信儀の反応はガイストじゃない……召喚獣。それも現存していない筈の古代召喚獣“ゴーレム”のものだ。これは、ナイアス王がゴーレム召喚をしている状態だよ」 《ゴーレムって……よく分からないけどこれがそうなの?》 「ああ、データでしか残ってはいないけれど、ロイヤルガード以上の耐久力をもった大型の召喚獣だ。でも、何で?」 インモータルの問いかけに答えながら、僕は自分自身の疑問も同時に口にする。 彼、ナイアス王は三四年前のリベルバーグ攻防戦の折、自らが指揮するキマイラ隊の自爆攻撃によってガイスト諸共消滅した筈だった。その彼がどうして、こんなガイストに塞がれた地下洞窟に古代召喚として存在しているのだろう。 「レイス型か……ついに完成したのだな」 地鳴りのような言葉を紡ぎ、ナイアス王は微かに満足そうな笑みを浮かべた。 「そうか、インモータル。いや全てのWoSの開発はナイアス王が残した召喚獣とガイストの研究資料を基に行われたんだったな」 今の、たった一言ではあったが、僕の中で全ての事象が一つの道筋で繋がれた。 《どう言う事なんだ、キューちゃん》 「ナイアス王はエルソード壊滅後もこの地に残り、ガイストの研究を続けていた。ナイアス王の死後……いや、エルソード崩壊と当時にナイアス王が亡くなられたと僕等は思っていたけど、実際はこうやって生きて、ガイストに関する研究を続けていたんだ」 《なるほど、確かにWoSの初期構想資料が軍に届けられたのは、ナイアス王が亡くなったと思われていたのより二年も後だったね》 エルソードがガイストの攻撃を受けて壊滅したのは、マルクティス暦一八七九年のことだ。その四年前、ルーンワール撤退戦でのゲブランド帝国崩壊を受け、人類軍は召喚による抗戦体制を強めるために大量のクリスタルを乱獲し、クリスタル資源が困窮し始めていた。そこに今度はカセドリア・エルソードの二国が同時に襲撃を受けたのだ。 数ヶ月に及ぶ徹底抗戦の末、カセドリア大陸全土を放棄し、ガイストの軍勢を火責めにすることで大打撃を与えることに成功。しかし全ての領地を失った事により、形成は好転したとは言えない状況にあった。 一方のエルソードも徹底抗戦の末全軍撤退が決定される。ただし撤退時の反撃には、エルソード国王ナイアスの虎の子、合成召喚獣キマイラが大量投入される事となった。 王都リベルバーグの全てを灰に還す代わりに、エルソードに攻め入ったガイストの主力部隊を全滅させるという戦果を上げるも、その被害はあまりに大きかった。 特に召喚獣研究の第一人者であるナイアス王死亡の報は、人類軍全体の士気に大いに陰りを招く結果となった。 それにより、当時進められていた合成召喚獣……すなわち現在のWoSの前身となる召喚技術の研究は頓挫する事となった。 しかしそれから二年後の一八八一年。ナイアス王が連れていたホムンクルス「ミレ」が一つの書簡を携えて人類軍の前線基地に現れた。よほど険しい旅を続けてきたらしく、ボロボロの身体で書簡を届けたミレは間も無く息を引き取ったと言われている。 その時もたらされた資料こそが、WoS開発の礎となる研究資料であった。 「よかった。我等人類の希望は……灯ったか」 「ナイアス王、貴方が届けてくださった資料のお陰で、インモータルが……レイス型が完成したんです。インモータルは既に二体の親型ガイストを撃破しています。きっと……きっと僕等を勝利に導いてくれます!」 その言葉は、殆ど勢いだけで言っていた。 インモータルの力は凄まじく、希望を抱かずにいられないというのは本当だ。しかし、正直其処までコイツを信頼している訳ではなかった…… だが、僕の言葉を受け、ナイアス王は心底ほっとしたように頬を緩ませた。 「そうか。ならば予も、安心して……逝けるわ……」 「!?」 いったい何を? ナイアス王の言葉に僕らが疑問を抱いた、まさにその時だった。 《なんだ!?》 突然の地響きが僕らのいる洞窟内に木霊した。そして間もなく、砲撃音にも似た轟音が洞窟内を駆け巡った。音源は僕らの背後方向……おそらく先ほど撃破した親型ガイストのあたりからだ。 僕はすぐさま動的探信儀の出力を最大にまで上げた。ほとばしるクリスタルの波動が目に見えぬ波となり、周囲全体を覆い尽くす。 「……ッ! まずい、洞窟が崩壊を始めた。さっきのガイストがいたところを中心に、上の地盤が崩落してくる!」 《なんだって! クソッ早く脱出しないと》 地響きはみるみるうちにその激しさを増し、空中にいる僕らでさえその振動を肌で感じるほどになっていた。 |
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