Vanishing Ray

Stage02 “the Straits of Scylla”

- A Hermit in contaminated blue -

 スキュラ海峡の最奥、トライリス・タワーが聳え立つ高台のその足元には、まるで大地の一部が抉り取られたような入り江があった。大陸棚と岩礁が寄り集まった魔の海峡にあって、その周辺海域のみ、ぐんと水深が深くなっている。そのため、そこは海に落ちた隕石の後ではないかと言われている。

「そういえば、最初のガイストも隕石の落下地点に出現したんだっけ?」

 六枚の翼をはためかせながら、自らが開けた風穴を覗き込むインモータルの背中に、僕はそんな問を投げかけた。

《そんな説もあるらしいね、ガイストは宇宙からやって来た侵略者って話だろ?》

「アンタはどう思ってるんだ? その口振りじゃあ、この説に関しては懐疑的みたいだけど」

《別に……何だって良いんじゃない? 私はただ、みんなを守るために戦うだけだよ》

 答えつつ、インモータルは岩壁の穴から一旦身を引き、再びSWCを向ける。

「どうしたんだ、インモータル?」

《もう一枚壁があるみたいだ》

「壁だって? それってトライリス・タワーの地下部分とかじゃないのか?」

《多分それは無いな……まあ自分の目で確かめてみてくれ》

「……?」

 無視界のくせに妙にきっぱりとしたインモータルの言い草に、僕は首を傾ぎながらも穴の奥を覗き込んだ。

「……なんだ、こりゃあ?」

 そこには、確かに壁のようなものがあった。“のようなもの”というのは、あくまでも壁のようなものであり、壁そのものではないという意味に他ならず、我々が良く知る“壁”に類するものとは一線を画しているということでもある。

 つまり……

《ワカンネ》

 つまりそういうことだ。

 一応頭上の崖上に聳えるトライリス・タワーと見比べてみる。トライリス・タワーの地下部分では無いかと言ったのは僕だが、よくよく考えてみればこの“壁のようなもの”は塔の外壁よりも二回り以上広い範囲に張り巡らされているし、何よりその外観は人口の建造物とは明らかに異なっている。

「クリスタル反応あり。これは……ガイストの一部なのか?」

 探信儀に反応がある。この壁のようなものは生きているという事だ。

《キューちゃん、キミにはコレ。何に見える?》

 インモータルの言葉に、僕は再び目を凝らし、その壁のようなものを観察する。

 最初の砲撃で傷が付いたのだろう、あちこちにひび割れがあり、とても生命体の一部には見えないが、その不規則な造型は、やはり人工物にも見えない。

 しいて言うなら、であるが。屋根瓦を連想させる楕円形の物体がびっしりと生えたそれは、魚の鱗のように見えない事もない。

《ふむふむ、じゃあやっぱりこれが親型のガイストってことでいいのかな?》

「恐らく、だけどね。しかしこれは……」

 全貌がさっぱり分からない。

「デカイな」

《まあ親型っつったらデカイもんだからね》

 戸惑う僕を尻目に、インモータルはお構いなしにSWCを構えなおす。

 まあ考えても仕方ない、ここまで来たらなるようになれだ。僕は衝撃に備え、入り江の中央付近に避難する。

 直後、閃光と轟音を放ちながら、SWCが壁の奥の壁を撃ちぬいた。岩壁によろわれていた初弾とは異なり、直接クリスタルエナジーの砲弾を受けたガイストの外皮と思しきものは弾けとび、鱗やそれが生えていた肉が塊となって辺りに撒き散らされた。空けられた風穴からは血液が濁流の如く迸り、そして耳を劈くような怪音……海鳥を絞め殺したようなガイストの悲鳴が夜の海辺に鳴り響いた。

 それを受けてか、上空のガイストの群れが突如急降下を開始した。

「空のガイストが。インモータル、まずいぞ」

《キューちゃん!》

 僕の声に、インモータルはすかさずこちらへ背を向けた。

「おう!」

 インモータルの意図を問い返すまでもない。僕もすぐさまインモータルに向けて飛び掛り、再び肩のバインダーに足をかける。翼を畳み、身を小さく屈め、僕はインモータルの目となる。

《飛んで火に入る……ッ》

 反り返るように機首を上に向け、インモータルは叫ぶ。

《蚊トンボがぁっっ!!

 都合三発目のSWCが放たれる。インモータルの大型クリスタルケージ貯蔵量のほぼ限界値に値する消費量となるが、インモータルは一縷の迷いすらなく、その一撃を空へ向けて放った。

 その場所は、四方を岩壁に囲まれた入り江であったため、敵航空型ガイストの軌道は一つに纏められる。即ち、一撃で多くの敵機を巻き込めるという事だ。

 放たれた閃光は真っ直ぐに向かってくるガイスト数十を巻き込み、その穢れた命を光の粒へと還す。降り注ぐクリスタルの輝きはインモータルのクリスタルケージに次々と飲み込まれ、瞬く間にそのストックを回復させた。

《次っ!》

 クリスタルケージの回復を確認したインモータルは、すぐさま砲身を水平に戻す。狙いは勿論、地下に隠れていた大型ガイストだ。

 立て続けに二発、SWCを発射し、再びガイストの血肉と悲鳴が迸る。そして再び砲身を上に向け、迫りくるガイストの群れを焼き払う。

 ガイストの軍勢に立地、戦力、そして戦略が全て合致したインモータルを止める程の力はない。彼らはただ躊躇いも恐怖もなく、ひたすらプログラムされた命令のみを実行するかのように、インモータルの放つ光へ自ら飛び込み続け、光そのものへと姿を変えて行く。

 そしてそれらは、ほんの数回のループで、完全に根絶やしとなった。

「……終わったか?」

《それはこっちが聞きたいね。なんせ目が見えないんだ》

 インモータルの冗談めかした言葉に、僕は苦笑しつつ探信儀の反応を調べる。

 周囲にあるのは眼前の大型ガイストの反応と、崖上の陸上型ガイストと思しき小さな反応だけだった。

「終わった」

《よし、じゃあ後はコイツを捌けばいいんだな》

 言いながらインモータルは肩のディバインラスターを引き抜いた。眼前の肉壁はビクビクと脈打ち、その脈動にあわせて多量の血液が噴水のように噴き出している。反撃の兆候は無い。

「ふむ、コイツ自体には攻撃能力は無いみたいだな……戦闘能力がない分、地下に潜って外敵から身を守っていたってところか」

 まるで僕のようだな。などと自虐的なことを思いつつ、僕は目の前のガイストをそう評した。

《まるでキューちゃんみたいだな!》

「殴るぞ」

 ナインフェザーに手は無いけど。

 

 ディバインラスターの刀身が二股に割れると、その間隙を埋めるかのように、無数の光の線が刀身の隙間を走った。同時にその光と直行するようにして、剣の根元からも光線が放たれる。

 ラスターの名が示す通り、細かな網目状の力場が形成され、そこにクリスタルエナジーが充填される。それはディバインラスター本体より一回りも二回りも大きな光の剣となった。

 召喚獣とガイストの共通性は召喚騎兵(ナイト)のディバインランスに対して物理的な防御力が発生しないという点であった。WoSの開発は予め魂を異次元の存在と融合させる事で、ガイストからの侵食を防ぐ事に加え、ディバインランスと同等の兵器を生み出し、運用する目的の元に行われた。

 その一つの終着点が、レイス型召喚兵器R-02“インモータル”とSWC。そしてこのディバインラスターなのだろう。

 威力は先程も見たとおり。ガイストに対して、まるで紙を裂くように刃を刻み込んでゆく。

 鳴り響くガイストの悲鳴は悲痛ささえも感じさせる。が、決して同情などはしない。

 僕は見ているのだ。無慈悲なガイストによって四肢を落とされた者を。巨大な岩石に生きたまま磨り潰されていった者を。紅蓮の炎に焼かれ死んでいった者を。

 数々の無残な死を人類に振りまいておいて、今更どれほど悲鳴を上げようが……この殺戮を止める義理など、ある筈もなかった。

 

《……あったぞ》

 肉の風穴に潜り込むインモータルの背から離れて数分後、静かにくぐもった声が響いた。大型ガイスト特有の超回復能力のためか、インモータルによって穿たれた風穴は徐々に塞がりつつあったが、僕はその声に導かれるように、血塗られたトンネルへと歩みを進める。

 血塗られた風穴の奥で見たものは、返り血で赤く染まりながらも静かに翼をはためかせ佇むインモータル。そしてその傍らで脈打つ、親型ガイストの(コア)だ。

 核を守る硬い球形骨格は破壊され、ガイストの弱点は僕らの前に曝されている。

 コイツを破壊すれば、この近辺のガイストがこれ以上発生する事はなくなる。トライリス・タワー奪還にも一歩近付き、追って進軍してくるであろう人類軍に対して、これ以上無い援護となるだろう。

「インモータル、やってくれ」

 僕の言葉にインモータルは静かに頷き、ディバインラスターを振りかざす。

 振り下ろされた光の刃は、寸分野狂いなくガイストの核を切り裂いた。

 心室を連想させる肉壁に囲われた狭い空間が、ぐっと収縮したかと思うと、間もなく力ない悲鳴とともに弛緩し、急速に枯れて行った。

「僕らを恐怖させていた巨大ガイストも、懐に入り込まれればこうも無力か……いっそ哀れだな」

《同情した?》

 無意識に口を付いて出た呟きに、ディバインラスターを引抜きながらインモータルがそう問い返した。引き抜かれたディバインラスターの傷跡から、眩いばかりの光の奔流が溢れ出す。

「まさか」

 肩をすくめながら、僕は短くそう返した。ガイストに同情するなど、ありえない事だ。

 それは恐らく、インモータルも同じはずだ。響いていた悲痛な叫び声が聞こえなくなる事が、いっそ寂しいとすら感じているのではないか?

 だが、インモータルは朽ちたガイストなどは眼中にないと言わんばかりに、入り口とは真逆の壁面を睨んだ。

「……どうした?」

《キューちゃん、この反応は何だと思う?》

「反応?」

 インモータルに探信儀は搭載されていない。視覚、聴覚情報以外の情報源は、僕の探信儀からの情報であるはずだ。僕はすぐに意識を探信儀へと移す。確かにインモータルの言うように、今撃破したガイストとは異なる、正体不明の生体反応があった。

《なんだ、気付いてなかったかい。勝利の余韻に浸ってると、不意打ちを受けて死んじゃうかもしれないぞ》

 珍しく戦士らしいインモータルの言葉に、僕は感心した。

「そうだな、じゃあとりあえず……この奥に潜んでるやつの顔を拝見していこうか」

 戦いはまだ終わっていない。気を引き締めなおし、僕らは壁の向うの敵を睨みつけた。

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