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11
「このか、準備出来たか?」
私どもに貸し与えられた神宮宿舎の一室に、障子越しの声がかけられました。
声の主は朝陽を背に浴び、部屋の障子戸に大きな影を浮かび上がらせ、図らずも私の気を急かしていました。
「はいっ、今参りまあぐぅっ!?」
必要も無いというのについつい大声を出してしまったのと、私の胴が絞り上げられたのは、ほぼ同時の事でした。
「はいはい、動かないのーっ」
「す、すみません女将さん……」
振り返ると、私の胴を絞り上げた……つまり、私の着物の帯を絞めて下さっている……恰幅の良い女性が、にこりと笑みを浮かべておいででした。
彼女は明治神宮の宮司さまの奥方に当たる方で、現役の本職巫女でも在らせられます。
神宮宿舎に身を寄せる交霊術師達の面倒を、細……その腕一本でみて下さっている事もあり、女将さんの愛称で親しまれています。
「はいっ、もう良いよ」
慣れた手つきで着付けを終わらせて下さった女将さんは、大きな影を映す障子戸に歩み寄ると、それを勢いよく開け放ちました。
其処に居たのは、予想外に高い女将さんのテンションに目を丸くした直哉さんでした。
「どう? 巫女装束も良いけど、こういった訪問着姿も素敵でしょ?」
そう言いながら、女将さんは着付けたばかりの私の背後に回り込むと、私の両肩に手を添えて、まるで自分の事のように自慢げに見せびらかしたのでした。
私の訪問着は春らしく佗助をあしらったもので、紋が伏見家のものではなく、稲荷大社の神紋である稲紋を配してあります。
これはお稲荷様……即ち稲荷神社の主祭神たる宇迦之御魂大神(ウカノミタマノオオカミ)様より賜った特権であり、私にとって何よりの自慢でもあります。
「えっと……どうですか? おかしくはありませんか?」
腕を小さく広げ、着物の柄を見せながら、私は直哉さんに伺ってみました。
「………………」
「あの……直哉さん?」
「え!? あぁ……」
反応の無い直哉さんに問い直すと、直哉さんは慌てた様子で反開きの口を閉じて、こちらへ向き直られました。
「うん……い、ぃ良いんじゃないかな?」
なんだかしどろもどろで可笑しな直哉さんでしたが、私は「良い」と言って貰えたことにすっかり上機嫌になっていたのでした。
「それでは行って参りますね」
玄関口で履物を履き、私は女将さんにそう申し上げました。
私は先程の訪問着に黒の肩掛けを。直哉さんは昨日と同じスーツに、紺色のコートを羽織っています。
これから私たちが向かうのは、昨日と同様に、正式な着衣に身を包んで伺うべき場所……と申しましても、昨日は神社庁の新人としてであったのに対し、今日は一民間人。そして新入学生としての訪問であります。
そう、本日は直哉さんと共に、國學院大學へと伺う事になっているのです。
単に転居届を出すだけとも言うのですけれどね。
「このか、忘れ物だぞ」
屋敷を出ようとした矢先、司様の声に私たちは引き留められました。
振り返れば、廊下を悠然と歩む、美しい黒狐の姿が目に飛び込んで来ました。
「司様、忘れ物って……お財布もありますし、届け出票もありますし……」
そう言いながら手提げ鞄を確認しようとして、私は司様が口にくわえられている織物に気付きました。
「……司様。八乙女は今日は不要やと思うのですが」
八乙女……空狐天司様が作り出した神器であり、私に授けられた力の一つ。
古代中国の神話に準えるならば、パオペイと呼ばれる神仙の武器に相当する代物だそうです。姿形は優美な羽衣のそれですが、一度解き放てば私の意のままに操る事が出来る魔法の絨毯ならぬ、魔法の羽衣に早変わりするのです。
勿論、学校に行くのに持って行く必要など微塵も無い筈なのですが、司様はそれを聞くや、丁寧に八乙女を床に置いてから、私を叱咤されたのです。
「馬鹿者。お前は学生である前に、神社庁の特別対応班なのだぞ。何時いかなる時も、有事に備える気構えを忘れるでない!」
「はっ、はい! 申し訳ございません!」
司様の迫力に負け、八乙女を受け取った私は、逃げるように門を潜りました。
司様は怒るととても恐いのです。
12
※突然ですが、今回は直弥視点でお楽しみ下さい。
多少のトラブルはあったものの、俺とこのかは予てよりの計画に従い、午前七時を回って程なく明治神宮を発った。
すっかり春めいてきたとは言え、まだ冷たい朝の空気に包まれた神宮境内は、清閑と称するに相応しい雰囲気に包まれていた。
静かな参道にそよ吹く風と、微かに聞こえる鳥の声……此処が三重県ならば、メジロやシロチドリの番が囀り、さぞや風流であったろうが、生憎東京の空に唄うは都会カラスばかり。心あらわれる気分も一瞬に掻き消えてしまった。
やはり東京に風情などと云うものを求めるのはせんない事なのだろうか。
環境こそ違えど、同じく自然に囲まれた故郷を持つこのかに同意を求めようかと横目で見遣ると、胸元に手を添えて静かに呼吸を整えるこのかの姿が、俺の目に入ってきた。
今しがた司様に一喝された動揺が解けないのだろう。ほんの僅かに朱が増した頬が、やけに艶やかだ。
慎ましやかに開閉するふっくらとした唇には、薄い紅が引かれており、思わず触れてみたくなる衝動を抑えながらも、視線を外すことが出来ない。
(このか……本当に大人っぽくなったよな……)
俺の記憶に残るこのかの姿は、このかが伊勢神宮に姿を見せなくなってから変わらぬまま……彼女が未だ十三の時のままの姿であった。
俺とこのかは、互いに幼馴染みと認識しているのだが、実はそうそう会える仲でも無かった。
というのも、このかが京都伏見稲荷の娘である一方で、この俺、原田直弥は三重の伊勢神宮の子であった。
親同士の交友が深かった事もあり、このかは彼女の母親に連れられて、年に一、二度のペースで伊勢神宮に顔を見せに来ていた。
学校の友達以外歳の近い友人が居なかった俺にとっては、このかは唯一、実家である伊勢神宮で遊ぶことが出来る、同年代の友達だった。
中学に上がってからはこのかが伊勢神宮へとやって来る事もなくなり、俺の記憶の中には未だ幼いままの少女、伏見このかの姿が焼き付けられていたのだった。
当時も非常に愛らしい娘であったが、五年の時を経た現在の姿は、当時のあどけない面影を残しつつ、女性らしさを感じさせる成長を遂げていた。
このかのぷるんとした唇に見とれていると、不意にこのかと視線が合った。
迂闊にも、気付かぬ内にこのかの顔を覗き込むような体勢になっていたらしく、このかは不思議そうに俺の眼を見つめ返して来たのだ。
「直弥さん……私の顔に何かついてますか?」
「あ、いや……何でもない!」
ぎくしゃくした動きで居住まいを正し、羞恥で真っ赤になった顔を隠すため、俺は歩みを急速に速めた。
「ちょっと直弥さん、待って下さいよぉーっ」
慌てて後を追いかけて来るこのかだが、いつもの袴とは勝手が違うのだろう。着物の裾が翻らないように片手で押さえながらの駆け足では、俺との距離が縮まる事は無かった。
少しそのままで歩いていたが、置いて行っても仕方が無いと思い、立ち止まってこのかを待つ事にした。すると何を思ったのか、追いついてきたこのかは「とおーっ!」と、声を上げながら俺の肩目掛けて胸からタックルをしてきたのだ。
当然このかは勝手に跳ね返されていたが、少しも気にかける素振りを見せず、満面の笑みで俺に肩を寄せると、心底楽しそうにこう言った。
「もう、直弥さんってば。おかしなお人やね!」
その表情からは、もう司様に叱られた事からくる動揺は窺えなかった。
このかの太陽のような笑顔に釣られ、自分の頬が自然と緩むのを感じつつ、俺はこのかの丸い頭にチョップした。
「おかしなのはどっちだ」
「あいたっ!」
13
静かな神宮境内とは打って変わり、国道沿いの道には、一体どこからやって来るのかと勘繰りたくなる程の人で溢れ返っておりました。
交差点の信号が赤から青へと替わった瞬間、人垣は競い合うかのように、速足で対岸へと突き進んでゆきます。
人々の波が、さながら大きな口を開けた物ノ怪に飲み込まれるが如く駅の構内へと雪崩てゆく様は、圧巻すらも通り越した異様さを、私達の脳裏に焼き付けたのです。
「直弥さん……私達、生きて帰れますやろうか?」
「駅に入る前からそれじゃあ、先が思いやられるな」
私の泣き言に、直弥さんは呆れたという風にため息をつき、頭を振ってみせました。
「大阪にも通勤ラッシュくらいあるだろう? 東京の通勤ラッシュが正にこれで、俺達はこれから毎日、この中を通って行くんだからな」
「あの……私大阪やなくて京都なんですが」
意を決して踏み込んだJR代々木駅で、私たちは早速雪崩に飲み込まれてしまいました。
幸いにも、改札口に直行する前に切符売り場に逃れ出る事が出来ました。
しかしそこもまた無数の人だかり。私と直弥さんはあっという間に引き離されてしまいました。
「このか、渋谷だからな! 130円!」
「は、はーい!」
姿が見えなくなる寸前に聞こえた直弥さんのアドバイスで、私はさほど手間取る事なく切符を買うことが出来たのですが、券売機の順番待ちをする人々による行列から抜け出すこと、そして抜け出た先で再び直弥さんと合流することには、流石に骨を折りました。
気付けば其処はホームでした。改札から再び雪崩に巻き込まれた私たちは、何時の間にやらホームを歩かされて居たのです。
「あ! 直弥さん。丁度電車が来はったみたいですよっ」
直弥さんの姿を直接視認する事は出来ていなかったのですが、そう離れては居ないだろうと、私はどちらへと無く呼び掛けました。
「時間に合わせて来たんだから当然だろう!」
直弥さんの少し苦しそうな返事が脇から返って来ました。
電車の扉が開き、再び人波が雪崩出しても、私たちは中々電車に辿り着けずに四苦八苦している所に「電車が発進します」という感じのアナウンスが流れたような気がして、ひどく焦りました。
早く乗り込みたいのに、前後左右を人に塞がれて、往くも来るもままならない。正に八方塞なそんなとき、私は背中を……いえ、後ろから全身を圧される感覚を覚え。かと思うと、工場でライン生産される缶詰の如く、ほぼ自動的に電車内へと運ばれていたのです。
なんだかよく分からない間に詰め込まれてしまったのですが、ともあれ、無事に乗り込めて良かった。そう言おうと、直弥さんの姿を探すために首を巡らせようとした所で、私は再び自動的な移動を開始させられてしまいました。
狭い車内、一体何処へ連れて行かれるのかと悩んだのはほんの一瞬。
現実とは無情なもので、私は缶詰と缶詰の間に挟まれ、中味が飛び出してしまうのではないかと言う程、ぎゅうぎゅうと押さえ付けられたのです。
それから圧迫感は増しつづけ、乗車率100パーセントを100パーセント越えている状態のまま、電車はガタンゴトンと走り始めたのでした。
一度走り始めれば、車中の人々はほんの僅かなスペースを往ったり来たりして、苦しくない程度のスペースを確保し始めているのが分かりました。
何とか身動きが取れるようになった私は、直弥さんの隣に移動しようと試みます。
下車する駅は分かっていますが、一人で降りられる自信が無いからです。
両隣の人と密着した体を動かすと、微かに道が開けました。
なんとかその隙間を掻き分け、直弥さんの居るスペースに身を乗り出したその刹那。
ガタン! と、車体が弾むように揺れ、その中に居る大勢の人がバランスを崩しました。
丁度前のめりになっていた私の正面が大きく開け、逆に背後からは人一人以上の体重がのしかかって来ました。
当然踏み止まれようはずもなく、私は勢いそのままに、直弥さん目掛けて頭から突っ込んでしまったのです。
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「きゃあっ!」
車体の振動に追随する人々のうねりに弾き出され、私は正面の直弥さんへと頭から突っ込んでしまいました。
直後、傾いた人垣が再度鉛直方向へと直り、斜めになった私の体はそのままの姿勢で固定され、またしても身動きが取れなくなってしまいました。
「すっ、すみません直弥さん。大丈夫ですか?」
直弥さんの胸に顔を埋めるような姿勢から、なんとか顔を上げて確認すると。
「このかの方こそ大丈夫か? 何か凄い斜めってるぞ」と、逆に心配されてしまいました。
「うぅ、あんまり大丈夫じゃ無いかもです……」
正直に申し上げますと、この体勢は中々にきつかったです。
人並みを掻き分け、つんのめって倒れ掛かる途中で固められたこの姿勢は、脚、腰、肩、首に大きな負担がかかります。
「あの、エライ恐縮なんですが……起こして頂けますやろうか?」
私のお願いに、直弥さんはやれやれと言った調子で深いため息をつき、そして私の腋へと手を伸ばしました。
体を両側から支えられたかと思うと、私の身体は真っ直ぐ上に引き上げられました。
斜めに伸びた脚が身体の下に滑り込み、落ち着ける姿勢に戻れたと思った矢先。
ガタン……ガタン!
「ひゃっ!?」
またしても車体が揺れ、今度は全身で直弥さんへと倒れ掛かってしまったのです。
「すっ、すみません直弥さん!」
突然抱き着くような形になってしまい、私は慌てて謝罪しました。
しかし直弥さんは「え、ああ」と曖昧な返事をされただけで、しばらく無言で私の顔を見て居られました。
その時の直弥さんの顔が赤かったのは、やはりこの満員電車の圧迫感が原因でしょうか。
私の顔も赤くなっていたら恥ずかしいな。そう意識した途端、私は自分の顔が熱くなって行くのを感じました。
「このか」
渋谷駅で下車して、一先ず雪崩から逃れようとホームの端へ足を向けたとき、不意に直弥さんの声がかけられました。
振り返ると、両手をお腹の辺りで左右に揺すっている直弥さんの姿が眼に映りました。
「帯、曲がってるぞ」
「え……?」
確認してみれば、確かに着物の帯が少し、横向にずれていました。女将さんがきつめに締めて下さったと言うのにと、私は少し落ち込みました。
それに着物の帯が曲がるなど、生まれてこの方一度も無かっただけに、私の中で満員電車への恐怖が、より深く印象付けられた事は言うまでもない事でしょう。
結局直弥さんの手を借りて帯は直せたのですが、今度和装で電車に乗る際は、袴を穿くようにしようと心に決めたのでした。
ちゃんと帯が締まっている事を確認して、これでよしと帯を叩いた頃には、電車から流れ出した人も、流れ込んだ人も一旦掃けきったようで、ホームは二人が横に並んで歩いても他人にぶつからない位の広さに変わっていました。
「そういえばその着物……」
改札口に向かう途中、直弥さんが言いました。
「良い着物だけど、何で振袖じゃないんだ? 紋までしっかり入ってて、まるで留め袖みたいに見えちゃうぞ?」
それは私にとって、随分と懐かしい台詞でした。当時の光景が今でもはっきりと思い出せます。時も場所も、相手さえ違うと言うのにまるで同じような台詞を聞けた事がおかしくて、失礼かもしれませんが、私はつい小さく噴き出してしまいました。
「何だ、変な事言ったか?」
「いえ、済みません」
怪訝そうな顔をされた直弥さんに、私は口許を押さえながら返答します。
「実はこの訪問着を仕立てるとき、司様やお母様からもそう言われたのです。未婚の内しか着れないんだから、振袖の方が良いんじゃないかって」
「俺もそう思う」
「んー、それはそうなんですけれどね。何と言いますか、振袖は私には少し派手過ぎる気ぃがするんですよ。いかにもって感じの礼服やないですか。其処が何か……こちょばいんですよね」
「なるほど」と、直弥さんは改札を抜けながら頷きました。
「そういう事なら俺も分からなくは無いな。突然烏帽子に長袴着用とか言われたら、流石に勘弁して欲しいしなぁ」
「それに……ふふ。私はいつも司様のお姿を見て育ちましたからね。振袖よりも訪問着の方に対する憧れが強かったんです」
「そうか……」
再び頷きながら、直弥さんは私の訪問着姿を改めて見直し、そして微笑みました。
「よく似合ってる」
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神宮宿舎の居間には、人型に化身した司が居た。
時刻はそろそろ正午を回ろうかという辺りで、女将の入れてくれたお茶を啜りながら、ぼんやりとテレビを眺めていた。
今日は朝からこのかが出掛けてしまったし、他の対応班の連中も皆出払っていた。
特にすることも無い司は、午前中の時間を境内の散歩にあてていたのだが、狐の姿のままだった事もあり、何も知らない普通の巫女に追いかけ回されたりもした。勿論そのあとでこっぴどく叱り付けてやったわけだが。
十一時も過ぎ、ゆっくり戻れば丁度昼食時だろうと、司は神宮宿舎へと踵を返した。
「そろそろお昼にしましょうか」
丁度宿舎に戻ってきていた女将が、司の姿を見てそう言った。
「司様、何か食べたい物はありますか?」
言われて司は、ふむと天井を仰ぎ見た。
「そうだな……たぬき蕎麦が食べたい」
司は最近食べていない、自分の大好物を挙げた。
狐の妖怪が狸を食べたいと言うのが面白かったのだろうか、女将は頬を緩ませながら、たぬきそばですねと反復し、台所へと消えていった。
「おそば足りたかしら?」
台所の方から、ゴトゴトという物音に混じり、女将の声が聞こえた。どうやら、本殿やら社務所で働いている巫女達の分も作るらしい。女将は、元々そのために宿舎にまで戻ってきたのだろう。
「ただいま戻りました〜」
聞き慣れた声が神宮宿舎に響いた。このかが帰ってきたのだ。
台所の簾の間から顔を出した女将は「あらお二人さん、お帰りなさい」と、このかと直弥を簡単に出迎えた。
「丁度よかった、もうすぐご飯になりますよ」
そう言って女将は、直ぐに台所に引っ込んでいった。
居間に足を踏み入れたこのかは、司の姿を確認するや、顔を綻ばせ「あ、司様。ただいま戻りま……」固まった。
「うむ、二人とも案外遅かったな」
「ちょっと寄り道をしてしまいまして……あ!」
立ち止まったきり動かなくなったこのかを押し退け、代わりに応えた直弥だったが、やはり司の姿を見て声を上げてしまった。
「司様……その格好はどうされたのですか?」
ようやく再起動したのだろうか。このかが司に尋ねた。
「ん、これか?」
司は着衣の袖を摘んでみせる。
「衣装が無かったのでな。ちと女将に借りた……おかしいか?」
今司が身に着けていたのは、何の変哲も無い、ただの巫女装束だった。
しかし、人間から見れば神にも等しい存在である司に着せるには、少しちぐはぐな気がしないでもない……が。
「いえ……とても、可愛いです」
このかの意見は少し違ったらしい。
「やぁ〜……やっぱり袴が一番落ち着きますねぇ」
ぱぱっといつもの巫女装束に着替えてきたこのかが、満面の笑顔で言った。
恐らく司とお揃いなのが嬉しいのだろう。隣に腰を降ろし、ニコニコしているこのかに対し、対面の直弥は面白くなさそうな顔をしている。
(今まで自分のポジションだったのが、私に奪われてしまって不満なのだろうな)
このかに好かれている自覚がある司は、直弥の心境をそう予想した。
少し直弥が憐れに思えた。
テレビに毎日お馴染みのサングラス司会者が映し出された頃には、神宮の巫女達が集まり、静かだった居間もわいわい賑やかになった。
「はーいお待たせー。今日はおそばよ」
女将と手伝いの巫女がお盆に乗せた丼を持ってきて、手際よく配膳していった。
「さ、司様。お口に合うか分からないけれど、どうぞ召し上がって下さいな」
口ぶりは謙虚だが、料理の腕に自身があるのだろう。女将は蕎麦をリクエストした司に真っ先に勧めた。
しかし、当の司は何やら浮かない顔で、女将のたぬき蕎麦を見詰めていた。
周囲の視線が集まる。
「……司様? お気に召しませんでしたか?」
不安になったのか、女将が問い掛けると、司は少し焦ったように笑顔を浮かべた。
「い、いや。何でもない。それでは頂くとするか」
その様子を見ていたこのかが丼の中を覗き込んだ。天かすのような物が沢山トッピングされた蕎麦が、濃いめのつゆに浸かっている。
「あら珍しい。女将さん、これは何て……」
「このか!」
言葉を遮るように呼び掛けられて、このかは司へと視線を移した。
目が合うと、司はゆっくりと頭を振り、意味の分からないこのかは、はてと首を傾いだ。
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