Dimension Force

〜東の国の幼き魔女〜

16

 大勢の人たちがあたしを見ている。

 まるで化け物でも見ているかのように、びくびくと肩を震わせて。飼育小屋の隅で小さくなっているウサギが馴れた飼育係の後ろに隠れるように、炎を纏った黒い狐の後ろに逃げ込んで……あたしを見ている。

 これまではそんな眼で見られる事に、少なからず優越感を感じたりもしていた。

 あいつらは私よりもずっと弱い存在だから、あたしの事を恐れるのは当たり前だ。誰よりも強いあたしの前では、どんな人間だって弱くて小さい存在にしか過ぎない。そんな奴らがあたしを見て恐れるのは、つまりあたしが強いって言う、確かな証拠なんだって。

 そう思っていたからこそ、あたしを見て周りの奴らがどれだけビクビクしていても、それを当たり前のように受け取っていたんだ。

 

 ……なのに。

 

 

 ギリと奥歯を噛み締め、鳴天は視線を地に落とした。

 握り締めた拳は、微かに震えているようにも見える。

 幼き魔女は、自らの異端性をようやく自覚したのだろうか?

 人々に恐れ、遠ざかられ、人混みの中にあってなおも孤立してしまった今、ようやく自身の力がどれほど恐ろしいものかと言う事を悟ったのだろうか?

「……い」

 鳴天は俯いたまま、何かを呟いた。

 しかしその声は小さく、そして細かに震えていたが為に、人々の耳には届かなかった。

「え、何ですか?」

 問い返したのは、その場で恐らく二番目に耳がいいであろう、伏見このかである。因みに一番は比べる迄もなく司だ。

 二人の距離が近かったと言う事もあり、このかは鳴天の唇から微かに漏れたその声音を、辛うじて拾う事が出来たのだ。

 そして問い返す言葉に、鳴天も再び同じ言葉を繰り返す。

「……さい……」

 それでもやはり、震える声ははっきりとその全容をあらわにはしない。

 だが、このかには鳴天の呟いた言葉の語尾が聞こえていた。

 俯き、肩を震わせる少女が呟いた消え入りそうな声。絞り出すように紡がれた言葉。

 そう、これはもうアレしかない!

 先回りして答えに辿り着いたこのかは、その大きな瞳を感動に潤ませた。

「鳴天さん、やっと分かって下さったんですね……!」

 そう、鳴天は自身の過ちに気付き、己の罪に涙を流して謝罪を繰り返しているのだ。

 幼心にその罪の重さはさぞ辛い事であろう。しかしその罪を受け入れた鳴天を、このかは許したいと思った。

 そうだ、感動して貰い泣きをしている場合では無い。いち早く鳴天の許へと駆け寄り、正義に目覚めた少女を慰めてあげなくては。

 すっかり悟りモードに突入して、このかは菩薩の微笑を浮かべながら鳴天へと歩み寄る。

「分かって下されば良いのですよ。誰にだって過ちはあります。今日の失敗は明日への糧と……」

「うるさいっ、この馬鹿ーっ!!」

 しかしそんなこのかに対し、鳴天はきっと面を上げ、全身から強烈な魔力を迸らせた。

 鳴天は勿論涙など浮かべては居ない。その顔に張り付いているのは、逆上して吊り上った相貌と、興奮で真っ赤に燃え上がった頬だ。

 バリバリと電流さながらの魔力を発散しつつ、驚きに足を止めたこのかへと、今度は鳴天自らが一歩を踏み出し距離を詰める。

「黙って聞いてれば好き勝手言ってっ! そもそもお前があたしの邪魔をするから悪いんじゃないかっ!」

 結局鳴天の言い分は一ミリも変わらなかった。

 一旦は消失したかに思えた戦意は、その数倍の勢いをもってリバウンドし、再びこのかへと向けられている。

「え、えーと……つ、司さまー?」

 思い描いていた展開と違うのだろう、このかはへっぴり腰になりつつ、背後で観衆を護る自らの師へと目線を移した。

 その先では、焼け焦げたアスファルトの中心に悠然と立ち、七つ尾を微風に靡かせる黒狐がこのかを見ていた。

 そして師から弟子へと一言。

「ん。頑張れ」

「……やっぱり」

 期待はしていなかったが、予想通りの言葉に、このかはがっくりと肩を落とした。

 かくして、このかの勧善懲悪ストーリーは青写真のまま、儚くも水泡へと帰したのだった。

 

17

 で、結局鳴天さんはどうして私達が自分の前に立ち塞がっているかを理解してくれなかった……というより、最初から私たち神社庁の行動理念を考えようともしていなかったのでしょう。そしてそれは、残念ながら現在進行形のようです。

 相も変わらずビリビリしつつ、鳴天さんは自らの非を認めないばかりか、あまつさえこちらが全面的に悪いかのような難癖をつけてきたのです。

「決めた! もう決めた! お前はぜぇったいにぶっ飛ばしてやるっ!」

 最初っからぶっ飛ばす気満々だった癖に、鳴天さんはさも今まで手加減してやっていたんだぞとでも言うかのようにそう言い放ち、異常に殺気立った目でこちらを睨み付けています。

 ずんずんと無遠慮に歩み寄ってくるその姿に思わず後退った私に、背後から声が投げかけられました。

「このか、いいからさっさとひっ捕らえろ」

 声の主は勿論司様です。最早戦闘続行は決定事項であるらしく、前から後ろから急かされて、私はもう泣きたくなってまいりました。

「このかっ、気をつけて!」

「あ、ありがとうございます……」

 司様の声よりも更に後ろの方から聞こえるのは、運転手……もとい、直弥さんの声援。

 非常にありがたいとも思うのですが、でしたら少しくらい止めてくれてもいいのでは無いかと……まあ、直弥さんに恨み言をいっても仕方がありませんよね。諦めます。

「はあ。折角改心してくださったかと思ったのに、結局こうなるんですね」

「ごちゃごちゃ言って……もう覚悟は出来てるんだろうな?」

 溜息をつく私に鳴天さんは距離を詰め、しかしこちらの間合いは先程の撃ち合いで掴んだのか、禍矛祓の射程ギリギリ外で立ち止まり、両手を左右に広げるという、取り敢えず今のところ初めてみる構えをとりました。

「鳴天さん、どうしても引き下がっては頂けないのですね?」

「どうしても。絶対に。何が何でも! お前をぶっ飛ばすって言ったらぶっ飛ばす!」

 諦め半分に問い掛ける私に対し、鳴天さんは僅かな期待をも断ち切るかのようにぴしゃりと言い切り、同時に左右に広げられた両手に眩い閃光を燈しました。

「でえぇぇいっ!!」

 気合も十分に、鳴天さんは全身の捻りを加えて右手を、ついで左手を順に薙ぎ、そこからまるで蛇のように伸びる雷の鞭を発生させました。

 これまでとは別の術を使ってくるかも知れないとは思っていたものの、まさか電撃を物質化したかのような術を使ってくるとは夢にも思わず、私は瞬間的に反応する事ができませんでした。

 辛うじて後ろに飛び退く事でそれを回避する事はできたものの、二振り三振りと繰り出される攻撃に、私は完全に反撃の糸口を失ってしまいました。

「あはははっ! どうした手も足も出ないのか?」

 悔しいですが、仰る通りの亀状態。私から打って出ようにも、リーチの長い雷の鞭に阻まれて接近する事ができません。

「…………」

 私が防戦一方なことに気をよくしたのか、鳴天さんは更に激しく鞭を振り回し、まるで私が逃げ惑う姿を楽しむかのように攻め立ててきます。

 ですが私も司様の巫女。このまま何も出来ずに負ける事は、司様のお顔に泥を塗る事になりましょう。

 反撃に転じることが叶わないのならば、やる事は一つ。即ち……

「とうっ!」

 私の足許を狙い、鳴天さんが大振りな攻撃を仕掛けてきたとき、私は少し大袈裟目にそれを回避しました。

 鳴天さんも即座に反応し追撃を加えようと、一旦腕を自らの身体に腕を引き寄せ、次の攻撃を繰り出してきますが、私はその悉くを交わし続けました。

「はっ!」

「とっ!」

「うわっと!」

 そう、私はどうせ出来やしない反撃の事を考えるのを放棄し、完全に回避行動に徹したのです。

「このか、それじゃ勝てないだろう!」

 外野がそんな野次を入れてきましたが、何も攻撃をしていない間は格闘では無いという事は無いのです。寧ろこうして回避を続ける事によって、鳴天さんの術がどういうものなのかを見極める時間を稼ぐ事にもなっているのです。

 いつの間にやら、鳴天さんの術に戦々恐々としていた観衆の皆様が歓声を上げ始めていました。知らぬ間に私達の大立ち回りは見世物に早変わりしていたらしく、声援やら野次やらが飛び交っている始末です。

 咽喉許過ぎれば熱さ忘れるとは、よく言ったものです。

 

18

 外野の声は置いておくとして、暫く観察して分かった事がいくつかあります。

 まず、鳴天さんのこの術は、別に雷を鞭にしている訳ではないということ。

 恐らく自らの動きを追従するようにして、中距離での範囲攻撃を行うためのものなのでしょう。短時間空中に留まる電流を連続的に放ち続ける事で、人間の目にはそれが常に一本の鞭状になった雷を発生させているかのように映っているのです。

 即ち、この術には物理的に相手を絡め取るといった効果は一切ないということです。

 もう一つ、この術は比較的近距離での戦闘を想定したものであろうという点。

 鳴天さんがこれまで使用してきた術はどれも遠距離での戦闘に適応した、いうなれば飛び道具としての術ばかりでした。

 勿論この術も厳密には飛び道具に分類されるべきなのでしょうけれど、中距離までしか届かない電撃を振り回すという観点から、自身を中心とした比較的近距離の空間を支配するためのものであるという事は明白。

 そしてもう一つ。これがある意味一番重要な点なのですが……鳴天さんがこの術を選んだという背景には、勿論私が接近戦を挑んでくると判断しての事もあるのでしょうが、それ以上に司様に指摘された事を気にしているという部分があるのでしょう。

 周囲の方々への配慮をしないまま戦闘を続行しようとすれば、彼女にはそれが出来る。そして恐らく、そちらの方が威力はずっと大きい筈。

 何故なら、私が大きく身を交わした後を追う際、鳴天さんは素早く追いかけてくる事がなく、あったとしても一瞬術の使用が途切れているという場面が散見されたからです。

 そこから読み取るに、この術は全力を出した状態で扱う事が出来ないような、デリケートな調整が必要であるという事なのでは無いでしょうか?

 これまでの言動を見る限りでは、鳴天さんがそんなフェイントを仕込んでいるとも思えません。

 第一、私が人垣近くまで退避すると、鳴天さんはぴたりと追跡を中止するのです。

 なんと言うか……物凄く分かりやすい娘さんです。

 

「ううーっ、おいお前! いつまで逃げ回ってるつもりなんだよ!」

 私があっちに行ったりこっちに行ったりし続けている為か、次第にイライラを募らせて鳴天さんが大声を上げました。

 そこで私はピタリと動きを止めます。

「その技嫌いです。他のは無いのですか?」

 ずびしっと指を刺し、私は鳴天さんに向けて言い放ちました。

「ちょ、それでいいのか!?」

「そんな技を使われたら一歩も近づけないじゃないですか! ずるいです」

 相変わらず投げ込まれる外野からの野次は無視して、私が更に続けると、不機嫌になり始めていた鳴天さんは再び自分の優位を自覚し、その優越感に浸り始めました。

「ふんっ、これも実力の差だよ! さあさあ、もう逃げ道はないぞっ!」

 気付けば私は、ビルの壁面を背にして立っていました……まあ、自分でその位置に立っただけなんですが。

 退路を失った私を前に、自らの勝利を確信した鳴天さんはにやにや笑いを浮かべながら、余裕たっぷりに言葉を紡ぎ始めました。

「あたしを捕まえたいんだろう? だったらこの魔法を何とかするしかないよなぁ?」

 そう言って両手の電流をくるくると振り回してみせる鳴天さん。そうしているだけで私は一歩も近寄れないと思って、挑発と牽制を兼ねた行動を取りつつ、徐々に徐々に、その距離を詰めてきます。

「じゃ、そうします」

「へ?」

 鳴天さんがある程度の距離まで近付いてきた瞬間、私は突然反撃に転じました。

 八乙女を右腕に巻きつけ、鳴天さんが振り回す電流のど真ん中へ踏み込みつつ、それを勢いよく突き出す。本日二度目の禍矛祓が鳴天さんの術を掻き消し、その薄い胸へと吸い込まれるようにして直撃。軽い鳴天さんの身体を大きく弾き飛ばしました。

「ギャンッ!?」

 突然の反撃に対応する事もできず、鳴天さんは道路の端から真ん中辺りまで吹き飛び、仰向けに倒れこみました。

 今がチャンス! 勝利を確信し、私は今度こそぐるぐるの簀巻きにしてやろうと間髪入れずに飛び掛りながら、八乙女を差し向けました。その際、決着の言葉を口にするのも忘れはしません。

「お縄を頂戴っ!!」

「お命頂戴みたいに言うなっ!」

 ……直弥さん、折角いい所なのにその突っ込みは必要だったのですか?

 

19

「うわっ、なにこれ!?」

 急いで身を起こそうとする鳴天さんに、私が伸ばした八乙女の先端が襲い掛かりました。

 例えるならば巨大な蛇のように、水に落とされた墨の軌跡のように。八乙女は音もなく鳴天さんへと殺到し、巻きつくようにしてその小さな身体を包み込みました。

 暴れもがく鳴天さんの抵抗も空しく、あっという間に私の手から離れた八乙女が上体の自由を奪い、鳴天さんは再びこてんと地面に倒れ込んでしまいました。

「……やったのか?」

「さあ、どうだろうな」

 私達を取り囲む人垣の一角で、直弥さんが覗き込むような姿勢でそう呟くと、その一歩手前にいらっしゃる司様が返事をするように、それでいて直弥さんを全く相手にしていないようにも取れる言葉で返しました。

 ですが心配はご無用。司様印の神器“八乙女”の拘束力は折り紙つき。物理的な力でその戒めを解くには、成人男性数人の力が必要なのです。

 そんな事が小さな鳴天さんの力で出来る事などありえません。

「もがー、もがもがーっ!」

 ぐるぐるの簀巻きにされた鳴天さんが脚をばたつかせて暴れても、スカートが捲れるだけで、八乙女の戒めはびくともしません。

「ふふふ、無駄ですよ鳴天さんっ! その戒めはちょっとやそっとじゃ解けません。さあさあ、観念して下さいっ」

「もが……もごもご……」

 という感じに格好良く言い放ったのですが、鳴天さんの反応はいまいちです。

 仕舞いには暴れまくっていた鳴天さんの脚が、ぽてっと地面に落ちて動かなくなってしまいました。

「……あのー、鳴天さん?」

 折角遠山の金さんばりに格好良く決めたというのに、反応がそれでは詰まりません。

「……息が出来ないのではないか?」

 背後から掛けられた司様の言葉に、私ははっとしました。そう言われてみれば、八乙女は鳴天さんの上半身全体を包み込むように巻き付いていて、腰から上が木乃伊状態になっています。

「…………」

「……殺すなよ?」

「なっ、鳴天さああぁぁぁん! 大丈夫ですかっっ!?」

 司様の言葉に不安を覚え、私は大慌てで簀巻きに駆け寄りました。

 取り敢えず捲れ上がっているスカートをささっと戻し、鳴天さんの頭に被さっている八乙女の端に手をかけ、それを一気に引き下げました。

 ずぼっと言う感じに飛び出してくる鳴天さんの顔を見て、微妙な快感を感じた私は、スカート捲りをする男子の気持ちがちょっとだけ理解できた気がします。

「ぶはっ!」と、それまで妨げられていた呼吸を再開した鳴天さんの姿に、私はほっと胸を撫で下ろしました。

 そして次の瞬間、鳴天さんの表情は一変。ニヤリと如何にも悪そうな笑みを浮かべると、白い歯を剥き出しにしながらこう言い放ったのです。

「引っかかったな、神社庁の巫女っ!」

 同時に私と鳴天さんとの間に眩い閃光が迸り、強力な衝撃波に弾き飛ばされて、今度は私が道路の真ん中でひっくり返ってしまいました。

「うーん……だ、騙しましたね〜」

 閃光に眩惑されて目を回しながら、私は鳴天さんの騙し討ちに対する非難を口にしました。その時はまだ目が見えておらず、手探りで身体を起こし、しかしその状態で立ち上がるのは危険と思い四つん這いになっていたのが失態といえば失態ですが……そこはまあ背に腹は代えられないという事で一つご容赦の程をお願いします。

「ぜえぜえ……ふ、ふふふ……ぜえぜえ。あ、あたしがこんな布っ切れに……ぜえぜえ、やられる訳ないじゃ……ないかっ! ……ぜえぜえ」

「うぅーん……不覚を取りました」

 緊張感溢れる言葉のやり取りを交わす間に、徐々に眩惑から回復してきた私は立ち上がり、鳴天さんを見遣りました。

 対する鳴天さんも、両腕の自由が奪われた状態でどうやって起き上がったのか、二本の脚でしっかりと地面を踏みしめ、相変わらず爛々と意思の力を宿した瞳でこちらを見ています。

「はあ、はあ……すぅーーー……ふう。ふふふ、これで形勢逆転だな!」

「え?」

「だってお前、武器を放しちゃったじゃないか。それでどうやってあたしを倒すつもりだよっ!」

 一旦呼吸を整え、鳴天さんは高らかな笑い声と共に、衝撃的な事実を私へと突きつけてきたのです。

「あぁーっ! しまったーー!!」

 なんと言うことでしょう。私は鳴天さんを捕らえる為に自身の武器である八乙女を用いた事によって、一時的に徒手空拳の状態になってしまっていたのです。

 武器であると同時に、防具として鳴天さんの術から護ってくれていた八乙女を失い、私の身体は丸裸も同然……一体どうすればいいのでしょう。

「つ、司様……」

 恐らく泣きそうな顔を向けながら、私は司様へと視線を送りました。

 その先では、司様ががっくりと肩……はありませんが、人で言うなら肩を落としているように頭を垂れて居られました。

 えっと……実に済みません。

 

20

「あの馬鹿……」

 頭痛がすると言わんばかりに、司は溜息と共に視線を足許へと落とした。人間の姿をとっていたならば、まあ間違いなく額に手を当てていた事だろう。

 一方その背後で舞台の二人を見守っていた直弥は、その前の鳴天の言葉に対する疑問を口にした。

「……司様、あれって嘘ですよね?」

 あれとは、息も絶え絶えに張られる鳴天の虚勢を指す。どこからどう見ても苦しそうな鳴天の様子に、絶対に嘘をついていると感じた直弥は司にそう確認を取った。

「嘘だな」

 司も短く肯定し、このかに生暖かい視線を送り続けた。

 知らぬは本人ばかりなり……という事だろう。

 

「さーて……どう料理してやろう?」

 上半身の自由が利かないにも拘らず、私の武器を奪った事で、鳴天さんは余裕たっぷりの様子でじりじりと距離を詰めてまいります。つい先程までとは全く逆の立場に立たされ、今度は私が後退ることに鳴ってしまいました。

「とうっ!」

 気合とともに足許で電光を迸らせ、鳴天さんは高く高く跳び上がりました。ここまでで数回この挙動を見ましたが、何度見ても人間離れした跳躍力です。

 一足で私の身長の倍以上の高さまで飛び上がり、空中でくるりと一回転。体操のオリンピック選手でも、ここまでの跳躍は出来ないことでしょう。そして空中で再び電光を爆発させ、逆噴射ロケットよろしく、凄まじい速度で私に向けて飛び蹴りを放ってきたのです。

「ナルミキィーッック!!」

「きゃああぁぁぁ」

 鳴天さんの飛び蹴りを前に、私は反射的に両腕を交差させ、身体を庇おうと身構えていました。

「……あああぁぁぁぁぁっ」

 そして寸でのところで鳴天さんの脚を掴み、勢いそのままに背後に向けて一本背負い。

「……よいしょっと」

「ギャフン!?」

 今度は自分が地面に叩き付けられ、鳴天さんはごろごろと地面を転がり、先程自分が抉ったビルのコンクリ壁にぶつかりました。そこでようやく連続前転を停止すると、コミカルな動きでもがき、身体全体で痛みを表現していました。

「こっこっ……このヤローッ!」

 半泣きの表情で、しかし相も変わらずに忌々しげな瞳をこちらへ向けた鳴天さんからは、いまだ衰えぬ戦意を感じられます……ですが、いまの一撃で勝負が決している事は明らかになっていました。

 簀巻きにされた鳴天さんが放った魔法は二つ。そのどちらもが自身を中心とした魔力の放出であり、最初の頃に見せていたような、魔力の塊を飛ばしてくる技ではありませんでした。

 何故不利とわかっている接近戦を挑んできたのか? それは恐らく、遠距離攻撃を行いたくても出来なかったのでしょう。

 鳴天さんの魔法はその両手で投射している様子が多々見受けられました。そして両腕が封じられている現在、それを使用してこない事が、その証明になっている筈。それならばと、私は敢えて挑発的な言葉を投げかけてみました。

 不用意に接近してくるようであれば、今度こそ八乙女を取り戻し、完全にその動きを封じて見せます。

「勝負は見えています、いい加減に負けを認めてください。それとも……まだ続けますか?」

 鳴天さんの性格から考えれば、ここで逆上して突っ込んでくる可能性が高いはず。そしてそれが三度目の正直……もう絶対に不覚はとりません!

「ぐっ……このおぉぉぉぉっっ!!」

 全身からバチバチと電気を放ちつつ、怒りを露わにする鳴天さんですが、しかし私の言葉もあながち間違いでは無いと理解しているのでしょう。飛び掛って来たい気持ちを必死に抑えているかのように、ギリギリと奥歯を噛み締め、怒りを堪えている様子が見て取れます。

「このっ!!」

(来る!)

 鳴天さんが吐き捨てるように言い、同時に地面を蹴りました。

 そして一直線に私……から見て直角方向へと全力ダッシュを開始。

「……あれ?」

 鳴天さん、まさかの逃走。

「……に、逃げちゃった」

 ぽかんとする私と、やはりぽかんとする観衆の皆様。そして視線の先にはどんどん小さくなってゆく鳴天さん。

「八乙女を持っていかれるぞ?」

「え……? って、それはダメですッッ!! 鳴天さあああぁぁぁぁーーーーん、待って下さーいっ!」

 沈黙の中、司様のそんな一言に我を取り戻し、私は大慌てで鳴天さんの背中を追って駆け出しました。

 間もなく鳴天さんは靖国通りに到達してしまいます。身体の小さな鳴天さんに人通りの多い中に紛れ込まれたら、それを捕らえるのは至難の業といえましょう。

 鳴天さんを追って走る私と、私を追う司様。そして一緒に追いかけてくる観衆の皆様という、意味の分からない大所帯が、図らずも歌舞伎町裏通りで突然マラソン大会を開始したのでした。

 

21

「はあっ、はあっ……」

「ぜえ、ぜえ……」

 こう見えても体力にはそれなりに自信がある私ですが、ガン逃げする鳴天さんとの距離は思うようには縮まらず、それどころか徐々に引き離されているようにすら感じられます。

 恐らく、鳴天さんの電撃を立て続けに受けた事で、知らず知らずの内にダメージが蓄積してしまっていたのでしょう。疲労とともにだんだんと自由が利かなくなってくる身体に鞭打って、それでも私は両足を動かし続けました。

「ま、まってくださーい!」

「待てと言われて待つ馬鹿がいるかーっ!」

 私の呼びかけに対し、返る言葉はお約束のそれ。鳴天さんは停まるどころか、更に速度を増して大通りへと飛び出してゆきました。

「もうっ、このままでは逃がしてしまうではないか!」

「そ、そう言われましても〜」

 いつの間にやら私と併走してらっしゃった司様に叱咤されるも、私はこれ以上速度を上げる事も出来ずにいました。しかし、司様が続けて仰ったお言葉に、私ははっとする思いがいたしました。

「このままでは八乙女の戒めが解けてしまうぞ」

 八乙女は私のディメンションフォースによってその挙動を制御されています。ディメンションフォースの性質上、必ずしも直接触れている必要は無いのですが、あまり距離が離れてしまうとこちらからの制御を受け付けなくなってしまうという特性があります。

 昔あったラジコンみたいな感じでしょうか?

「分かってますけどぉーっ」

「分かっているならチャキチャキ走れっ」

「ふわあぁ〜〜いぃっ!」

 

 両腕を動かせない状態で走った事はなかったが、なかなかどうして走り辛いものだと、鳴天は思った。

 マラソンのときには誰に教えられるでもなく、皆腕を振りながら走っていたが、やっぱりそうしないと走り辛いのだろう。現状とりたてて重要では無い思考に満足を覚えつつ、だんだんと上半身を締め付ける羽衣の拘束力が弱まってきている事を感じた鳴天は、こちらも思ったとおりだと口角を吊り上げた。

「やっぱりコレ、神器だったみたいだな」

 ヴァルプルギス機関日本支部長の娘という事もあり、鳴天は八乙女と同様の神器を実際にその目で見たことがあった。同時に、その大まかな特性というものも叩き込まれている。

 一見すればただの愚かしい子供にも映る鳴天だが、魔法に事関して言えば他に類を見ない麒麟児と言える存在なのだ。

 大通りを前にして雷鳴天はピタリと足を止めると、くるりと身体の向きを反転させた。

「ややっ、鳴天さん。とうとう観念なさいましたか!?」

 盛大な期待の眼差しを向けながらこのかの願望が言葉となって空気を震わせたが、勿論そんな事はなかった。

「さあ、反撃開始だよ。チッチ!」

「チチチッ!!」

 

 鳴天さんが立ち止まってくれたかと思えば、ばばっと振り向き再び……三度? 何度目かは失念しましたが、またもやビリビリを放出し始めてしまいました。

「嗚呼、やっぱり人生思い通りには行かないものなのですね。」

「そんな事を言っている場合か?」

「え?」

 がっくりと肩を落とした私に、司様のお声がかけられました。

 溜息をつく暇も無いという事はないと思うのですが、私はとりあえず面を上げて鳴天さんの姿を確認しました。そして、激しい電撃で拘束力の弱まった八乙女が今正に引き剥がされんとする瞬間を目の当たりにしてしまったのです。

「うあ……どうしよ?」

 八乙女を解いた鳴天さんは、今度こそ私が無防備になった事を確認して、にやりと笑みを深め、そして余裕たっぷりの表情で両腕を交差させました。

「ふふふ、これで終わりだな……くたばれっっ!!」

 言葉とともに迸る電光。両腕を伝い身体の正面に形作られる光球は、その腕が鋭く振りぬかれると同時に、こちらへ向けて発射されました。

 今の私は完全な丸腰。八乙女もない私の微弱なディメンションフォースで、鳴天さんの魔法を防ぐ事が出来よう筈もありません。これは……万事休す!?

 

22

「くたばれーっ!」

 十分すぎるほどの気合とともに、鳴天さんの魔術が放たれました。

 受け止めようとすれば大ダメージは必至。しかし交わせば後ろの方々に被害が及んでしまいます。

 立場上、私から司様に直接のご助力を求めるわけにも行かず、事態は正に最悪。ですが私のとれる対応も数限られているという事もまた事実です。

「オコジョさん!」

 逡巡の後、私は意を決して声を上げました。

「おうよっ!」

 八乙女が手元から離れてしまった今、鳴天さんの魔法に対抗する術は一つ。こちらも同様の術をぶつけて相殺を狙う他ありません。

 私の呼びかけに即応したオコジョさんは私の身体をひょいひょいとよじ登り、鳴天さんに向けて真っ直ぐに差し伸べた右腕に飛び乗りました。

「オコジョさん、行きますよっ!」

「合点だ」

 私の声に応えるように、オコジョさんは全身の毛を逆立て、そしてその小さな身体を一気に燃え上がらせたのです。

 火達磨となったオコジョさんを軽く放り上げて、落下のタイミングに合わせて、私は両手を前に突き出しました。

 オコジョさんのディメンションフォースによって生み出された炎の術に、私のディメンションフォースを重ね、一気に増幅する。秘術“飯綱篝”と呼ばれる、稲荷系の火炎呪術です。

 これは鳴天さんが使用している魔術と同じ原理の技であり、それらをぶつけ合う事によって互いの威力を打ち消しあう事が出来ます。目には目を、魔法には魔法をという事です。

「てぇいっ!」

 私達の生み出した火炎弾は鳴天さんの光球と比べれば一回りも二回りも小さいですが、この際贅沢は言っていられません。鳴天さんの術を少しでも弱体化させてから受け止めなければ、私の方がもちません。

 光球に真正面からぶつかって行く火炎弾に、背後から小さく歓声が聞こえました。

 しかし寄せられている期待には沿えないという事が始めから分かっていた私には、何とも心苦しい声援であります。

 間もなくぶつかり合った二つの術は互いにその威力を削りあい、より力の強い方が残った魔力を伴い直進を続けてくる……そう思っていたのですが、私のそんな期待は一瞬にして打ち砕かれる事になったのです。

 鳴天さんの光球は私たちの飯綱篝を木っ端微塵に粉砕し、まるで何事も無かったようにこちらへと直進してきたのです。

「ちょ!?」

 効果なし!? いくらなんでもこれは予想外でした。

 あまりの情けなさに、背後からの声援もピタリととまり、直後再びの悲鳴に取って代わりました。

「あたしに勝てるわけ無いだろ。バーカッ!」

 愕然とする私に向けて、鳴天さんからの声が届きます。強い強いとは聞いていたし、実際目の当たりにしてきたのですが。彼我の力差がここまでとは、正直侮っておりました。

 そんな間にも光球は突き進んでおり、もう数秒も掛からずに私のところまで到達してしまいます。

 咄嗟に外縛印を結びながら、私は司様に目配せをしました。こうなれば奥の手を使う他ありません。

 しかし、司様からの返事が得られるより前に、事態は更なる展開を見せました。

 鳴天さんと私の間、更に言うならば私達の術がぶつかり合った位置からこちら側の空間に、一つの影が突如として割り込んできたのです。

!? 其処はあぶな……」

 それが何者か、私は理解する前に声を上げていました。しかし直後、私の心配は杞憂であったと思い知る事になったのです。

 その人影は鳴天さんの光球に対し真横から剣を振るい、バッターボックスに立つ強打者の如く、雷の術を一刀両断に叩き切ってしまったのです。

「んなぁっ!?」

「えぇっ!?」

 切られた術は定型をとどめる事ができず、私の元へと辿り着く前に空中に霧散してしまいました。

 そしてそれを成した人物は、鳴天さんへと剣先を差し向けたまま、こちらへとその顔を向けられました。

「このか殿、ご無事ですか?」

「一青さん!」

 そう、その方は神社庁特別対応班の先輩である剣士、一青百鬼さんでありました。

「これで二対一……形勢逆転だな」

 司様のお言葉に、鳴天さんがぐっと息を詰まらせたのが、私の位置からも見て取れました。

 しかし鳴天さんが大通りを背にしているのは依然変わらず、逃げようと思えばいつでも逃げられてしまうという状況は続いております。

 ですが、鳴天さんの性格からみても、恐らくそれは無いのではないでしょうか?

 先程から「絶対にぶっ飛ばしてやる」と言って憚りませんし。

「ちょっ……調子に乗るなよーっ!」

 ほら。

「二人に増えたからって何だ! まとめてぶっ飛ばしてやる。チッチ!」

 鳴天さんはむきになって声を荒げると、雷の精霊を私達の頭上へ向けて飛ばしました。私がそれに視線を奪われている中、一方の一青さんはそれを一顧だにせず、がら空きの鳴天さん本体へと殺到してゆかれました。

「ゲゲッ!?」

 予想外の行動だったのでしょうか? 鳴天さんは一青さんの行動に対して驚きをあらわにし、すぐさま上空に向かって雷ジャンプをしました。

 その跳躍距離は五メートルにも達し、完全に人間の挙動を超越しております。

「このか殿、これを!」

 しかし一青さんはそんな事にはまるで動じず、刀の鞘に八乙女を巻きつけ、私に向けて放り投げて下さいました。

「あ、ありがとうございます!」

 八乙女が戻り、私もこれで万全の態勢。一気に勝負を決めます!

<<戻る<<

目次へ

>>進む>>