|
Dimension Force 〜東の国の幼き魔女〜 |
||
|
8 歌舞伎町上空を、まるで遊覧飛行を楽しむように飛翔する妖虫に対して、雷鳴天はやや大きめに距離をとりながら、慎重に追跡を行っていた。 両者の距離はおよそ30〜40メートル程だろうか? 追跡対象が人間や高度な四次元存在であれば、いちいち轟音を発しながら飛翔する鳴天の追跡など、あっという間に気付かれてしまうだろうが……やはり虫という事だろうか。妖虫は鳴天の追跡など、気に掛ける様子もなく、ゆらゆらと歌舞伎町上空を巡回している。 鳴天が時折上空へと視線を向けるのは、チッチによって妖虫を上から監視しているためだ。いくら強大な魔力を有する鳴天であっても、遠距離から四次元存在の姿を追い続けるというのは難しい。故に、同じ四次元存在であるチッチを水先人として上空に配し、鳴天自身はチッチを目印に妖虫を追尾しているのだ。 「それにしても、こんなところで何でフラフラしてるのかな?」 最初に見つけてから十数分。妖虫は目的を持って歌舞伎町を巡回しているような……別にそうでもないような。なんとも言えない動きを繰り返している。 ……尤も、はじめから昆虫の考えなど理解出来る筈も無いのだが。 「面倒くさいなぁ……いっそ撃ち落しちゃおうか?」 鳴天は微妙に不穏な言葉を口にすると、定期的にそうしているように、チッチへと視線を向けた。青空に黄色い鳥は良く映えた。 と、その時である。それまで一定高度を保って飛行していたチッチが、緩やかにその高度を落とし始めたのだ。 一定距離を保って妖虫の追跡を行っていたチッチが高度を落としたという事は、即ちターゲットの高度が落ちたという証左に他ならない。鳴天は急いで視線を正面方向へと戻し、じっと目を凝らせた。 「何だろう、ビルに降りていくのかな……?」 一旦手近なビルの給水タンクに降り立ち、鳴天は妖虫の動きを注視する。 ターゲットが高度を落としていくその先には、一棟の古い雑居ビルが存在する……いや、正確を期するならば“雑居ビルであった建物”と言うべきであろう。 それは歌舞伎町の外れの外れ。人通りも疎らな区画に残された廃ビルであった。昨年末辺りまではテナントがあったと鳴天も記憶しているが、既に店舗の看板も外され、テナント募集の広告看板は早くも錆び付いている。また、最上階の窓はガラスが割れたまま放置されており、一切管理がされていない事が伺えた。 妖虫はフラフラとした軌道のまま、そのガラスの割れた窓からビル内部へと侵入していった。 「チッチ!」 鳴天の呼び声に、上空を旋回していたチッチが一直線に戻り、伸ばされた鳴天の細い指先に停まった。そのまま同じ目線の高さへと持ち上げられたチッチは、チチチッと鳴天に話しかけるかのように啼いた。 「あそこに何かあるって事かな? もしかしたら……アイツらの巣があるとか?」 「チッチッチッ!」 顔を見合わせ、一人と一羽は鼻息も荒く声を上げる。 「よしっ、あいつらの親玉を引きずり出してやろう。もしかしたら、それがヒバチかもしれないしね!」 言うが早いか、鳴天はチッチが停まっている腕を思い切りよく振り上げた。チッチは勢いもそのままに、先行して廃ビルへ向けて飛び立つ。一方の鳴天も、今朝の事などすっかり忘れて、給水タンクの真上で爆発を起こし、空へとその身体を躍らせた。 ただし、今回は爆発の威力が小さかった為か、タンクは上部に風穴が開いただけで全損は免れたようだ。 マントを広げ、鳴天は滑空しながら廃ビル前の道路へと降り立った。妖虫のように窓から侵入するのは流石に無理があったし、階段へと突っ込むには、電線が近くにあり危険と判断した為だ。 人通りの少ない道路から、鳴天は廃ビルを見上げた。造りそのものは何処にでもあるような、三階建ての狭い雑居ビルである。地下には車庫があったのだろう。正面から下り坂が作られており、締め切られた落書きだらけのシャッターがある。 「んー……ラスボスの城にしては汚いけど、まいいや」 既に目的の相手が居るつもりになっているのであろう。鳴天は今にも鼻歌を歌い出しそうな、満面の笑みでビルの階段へと足を向けた。 「……あれ?」 「あ?」 しかしそこで、間の抜けた声が交錯する。 シャッターで締め切られている、1.5階分の高さにある一階入り口をぶち破ろうと思っていた鳴天の視界に、見知らぬ人間が割り込んできたのだ。 ライオンの鬣を連想させる逆立った金髪に、耳には無数のピアス。顔には流線型のサングラスを掛け、筋肉質の身体は黒い皮製のライダースーツに包まれている……何処からどう見てもチンピラとしか言いようの無い、若い男であった。 男も鳴天のような女子中学生がこんな場所に居る事が不思議なのだろう、僅かに戸惑ったような表情を見せたが、結局はチンピラ風の行動に移った。即ち…… 「なに見てんだよこのガキが」 ガンを飛ばしながら、ドスの利いた声で脅しをかけて来たのである。 しかし、鳴天は全く怯む様子もなく、男に対してこう問い返した。 「このビルの中に、でっかい虫の親玉が居るだろ?」 ニヤニヤと笑みを浮かべる鳴天の言葉に、ライオン頭の男は、ピクリと片眉を吊り上げる。 そんな男の僅かな変化に、鳴天は心の中で、強く拳を握り締めていた。 (ビンゴ! 大当たりだ!) 9 「お帰り……どうした?」 神宮宿舎へと帰還した私達は、大急ぎで阿傍さんを安静に出来る場所へと連れて行こうと焦るあまり、司様の前を素通りしてしまいそうになってしまったのです。 「あっ、すみません司様。ただいま帰りました」 直弥さんと私で両脇から阿傍さんを支えていたため、司様へは小さく会釈するだけに留め、その代わり私は直ぐに「阿傍さんがダウンしてしまわれて」と、手短に注釈を添えました。 あと、阿傍さんの名誉の為にもう一つだけ付け足しますが、二人掛かりで支えているのは、阿傍さんの体重が若干重いからなのですが、それは阿傍さんの胸やら髪の毛やらが、一般的な女性のそれらよりもずっと豊満だからです。身長も高いし。 「……で、どうだった?」 阿傍さんをご自身のお部屋へと送り届け、居間へと戻った私達に、司様はそうお声をかけられました。 私は一瞬、司様が何を指して“どうだった”とお尋ねになられているのか、理解する事が出来ていませんでした。 それが雷家訪問の事を指していると分かったのは、直弥さんが「先方の迫力に気圧されて、俺達は萎縮するばかりでしたよ」と答えられたからでした。 私達が今日、萎縮するばかりだった事柄といえば、雷さんのお宅へ伺った時の事以外は御座いません。 そこで、今度は此方へと向けられた司様の視線に気付いた私は、迷わずこう答えました。 「はい、恐かったです」 「…………」 「…………」 ジリリリリと、例によって神宮宿舎の黒電話が鳴りました。 降ろしかけていた腰を再び浮かせ、今出まーすと小走りで電話機へと向かい、受話器を上げて一言。 「はい、宿舎です」 今日はよく電話が来るなあと思いつつ、いつも通りの口上で電話口に出ると、割りとよく聞き慣れた声が、私の耳へと飛び込んできました。 『このかさんですか? 出動要請です。すぐに出られますか?』 電話の相手は、神社本庁の女性職員で、小宮山朝子さんと仰る方です。私達特別対応班への連絡を担当して下さっている内の一人で、本庁へ伺った際もよくお見かけする方です。いつも落ち着いた様子で話される方なのですが、今回は急き込むような調子で話されている事から、何やら急ぎの用件なのでしょう。 「はい、どちらへ伺えばよろしいですか?」 『新宿区歌舞伎町2丁目で能力者同士が戦闘行為を行っているとの報告がありました。現場に急行、鎮圧してください』 「え、えぇっ!?」 正直、私は大変驚きました。 これまで急を要するような出動を要請された事は無く、派遣先は決まってやや遠方の地縛霊祓い。予め知識としてあったとはいえ、実際にディメンションフォースを持つ者同士の戦闘に割り込むことになろうとは思っても居なかったのです。 「つつつ、司様。どうしましょう!?」 「何が?」 「出動ですって!」 「行けばよかろう」 「能力者の喧嘩を仲裁しろって!」 ついつい力んでしまった私は、大声を上げつつ、受話器を乱暴に下ろしていました。 チンッと音が鳴り、話しの途中で通話を切ってしまった事に気付き、気まずい雰囲気を漂い、しかし逆にその事で冷静さを取り戻す事が出来たのも事実でした。 「なるほど、愈々対応班としての腕の見せ所がやってきたという事だな」 にやりと笑みを浮かべながら、司様はゆっくりと腰をお上げになりました。 「では参ろう。支度をしなさい」 「はいっ」 司様が一緒に来て下さるのなら、何も不安はありません。 私は八乙女を取りに、自室へと小走りで向かいました。 八乙女が収めてあるのは、伏見の稲紋が捺された京つづらです。代々司様の巫女が、八乙女とともに受け継いできた大切な宝物の一つです。 蓋を外す前に一度合掌し、そしてつづらの封印を解きます。 つづらの中から姿を現したのは、ほのかな撫子色をした、美しい薄手の織物。 司様の手によって編み出された、神器八乙女です。 既に幾重かに畳まれていたそれを更にもう半分に折ると、左の袂へと納め、つづらの蓋を元に戻し、私は急いで部屋を出ました。 居間へ戻ると、何やら司様と直弥さんが話されていると思しき声が聞こえて参りました。 「第一、お前がついて来て何になる? このかの邪魔になるのが関の山だろう」 「ですが……っ」 何の話しでしょう? なんだか私の名前が出てきたような気がしますが。 「あのー、準備できましたのやけど」 恐る恐る覗き込み、そう声をかけると。司様は短く「分かった」とお答えになられ、直弥さんは「このか、俺も行くぞ」と少し慌てた様子で言われました。 「あ、はい」 思わず答えてしまいましたが、直弥さんは何をしについて来られるつもりなのでしょうか? 司様に横目で睨まれ、蛇に睨まれた蛙といった様子の直弥さんでしたが、程なく司様が溜息混じりに「直弥、車は運転できるか?」とお尋ねになられ、直弥さんはぱっと表情を華やがせました。 「はい、出来ます!」 「やれやれ……で、このか。現場は何処だ?」 司様の問いかけに、先ほど聞いた歌舞伎町2丁目という地名を告げると、司様は直弥さんの方へと振り返り、おそらく嫌味を込めてこう仰いました。 「では運転手、稲荷鬼王神社辺りまで頼む」 10 当然のことではありますが、三重県住まいだった直弥さんが東京まで自家用車を持ってきている筈などなく、私達は神宮所有の車を一台お借りする事となりました。 司様の「車を貸せ」という一言であっさり借り受ける事が出来たのですが、直弥さんが免許取得から一年以内の初心者であり、尚且つ地元でも車を運転していなかったペーパードライバーであるという事実が明るみになったのです。 「では、安全運転で急げ」 「は、はい……」 司様に無茶振りされて、直弥さんはすっかり肩肘張った状態に陥っております。なんだか私の方まで緊張してしまいそうです。 さて、明治神宮を北に出発し、一先ずの目的地である稲荷鬼王神社までは、自動車でおよそ15分弱という距離です。 しかしながら、運転手の直弥さんが運転初心者という事で、司様は若干の余裕をとってか「20分以内に到着できるようにな」と念を押されました。 「ところで、暴れているという能力者については何か聞いたのか?」 司様にそう尋ねられ、私は先ほどの電話の内容を思い返してみました。 小宮山さんが仰るには、歌舞伎町2丁目で能力者同士が戦闘行為を行っているとの事で…… 「……聞けませんでした」 「だろうな」 はあと溜息をつき、司様はやれやれという様子で首を僅かに傾ぎました。 「私は、その内片方が雷の跳ね返り娘だろうと踏んでいる」 跳ね返り娘というのは、今朝お会いした鳴天さんの事でしょうか? 実際に面識がない筈の司様がどうしてそう思ったのか、私には不思議でなりませんでしたが、司様は私に質問を挟む隙を与えまいとするかのように、すぐに言葉を続けられました。 「一応は雷一門の魔術について教えておこう」 シートベルトを付けられないため、後部座席の床部分にすっぽり収まって居られる司様が、すっと前足を立てて、いわゆるお座りの姿勢を作られました。 人にものを教えるとき……逆に言えば、誰かに何かを教わるときは、居住まいを正して正面を向く。それが司様に教えられた、ごくごく基本的な礼節です。 流石に自動車の中で横向きに正座というのは、安全上好ましくないので、私は出来る限り背筋を伸ばし、視線を司様の眼に固定しました。 「雷一門の魔術は、西洋では精霊魔法と呼ばれる種類の術を主軸に組み立てられている。異層三次元存在である精霊などを使役し、それらの力を自らのディメンションフォースで三次元空間へと変換するというものだ……まあ、これはこのかにも出来るな」 「はい、オコジョさんにご協力頂いて術を行使する方法を教わりました」 「おう!」 私の言葉に反応して、オコジョさんがぴょんと私の肩へと飛び乗りました。 オコジョさんは精霊ではなく妖怪に分類される存在なのですが、私たち三次元存在から見ればあまり大きな違いではないそうです。 「このかの膝の上に乗っていなさい。で、それらは東洋の術とは異なり、非常に直接的な攻撃力を具えた物が多い。簡単に言うと、戦闘にしか使い道が無いような術ばかりということだな」 オコジョさんを諌めながら、司様は雷一門の精霊魔法をそのように評しました。 「東洋の術士は、主に自身の四次元的な肉体を用いたり、周辺に遍在するエネルギーを利用して術を使う事が殆どだが。西洋魔術は、精霊や四次元存在の力を利用するというものであり、三次元存在である人間が直接行使しようとする術よりも純度の高い四次元エネルギー。即ち魔力を取り出す事が出来る。単純に威力だけを見れば、東洋の術よりも遥かに高いという事だ」 「はい……あの、司様?」 「なんだ?」 「雷一門では魔術の研究をしてられるのですよね? でしたら、西洋の魔術とは違った特徴を具えていたりはしないのですか?」 私の質問に、司様はふんふんと小さく頷かれました。 「そうだな、雷一門のみならず、ヴァルプルギス機関では世界各地の呪術や法術と魔法の融合も研究されている。当然、雷一門の魔法も西洋でよく見られるような精霊魔法とは異なる点がある……基本的に精霊魔法では、自分の意思一つで術を行使できるわけではないという欠点がある。それは精霊が発揮した力を術者のディメンションフォースによって発現させるという特性上、両者の息がしっかり合っていないといけない為だ。勿論精霊を使役して管理しては居るのだが、所詮は異なる存在同士だ。二人羽織をするように、咄嗟の対応が難しい。一方こちら側で主流とされている術は、殆どが自身のディメンションフォースのみで管理されている。式神などに代表される精霊使役も、使役対象の意思によって行動を起こすため、意思の混乱が起こる事は少ない……雷一門は其処に目をつけたのだろうな。精霊を出力とする本来の精霊魔法とは異なり、雷一門の魔法は自らの魔力……即ち四次元的な肉体を燃料に、精霊を変換機として術を生成するのが特徴だ」 ふむふむ、と頷いてみたものの、正直良く分かりませんでした。司様もそんな私の様子にお気付きになっているのでしょう。不意に直弥さんへと話を振りました。 「直弥、お前は分かったか?」 「すみません、聞いていませんでした」 「うむ、安全運転で頼む」 「かしこまりました!」 話が噛み合っているのか居ないのか良く分かりませんが、車は間もなく歌舞伎町2丁目へと到着するのでした。 11 直弥さんが稲荷鬼王神社さんの敷地に駐車させて頂いている間に、司様と私は先に現場へと向かいました。 正確には、現場を探しに走ったというほうが正しいのでしょうが、とりあえず遠くから喧騒の声や音が聞こえてきたので、そちらの方向へと急ぎ向かっているといった状況です。 「しかし、東京で荒事に遭遇するとは思わなんだな」 「どういうことですか?」 路地を走りながら呟かれた司様に、私はそう問い返しました。 「妖怪などの類は関西や関東の都市部を避けて生息しているから、基本的にここで会う事はないだろうと考えていた」 「せやけど、今回は能力者同士の喧嘩やって聞きましたえ?」 司様の仰るように、旧都である京都府や、お伊勢さんで有名な三重県を含む関西地方。そして現在の首都である東京都を中心とした関東地方において、妖怪などの超三次元存在は殆ど出没しません。それは古の時より、人と妖怪とが棲み分けを行っていたという歴史を受け継いでいるからだと言われています。 現在では日本各地に人間の住居が広がり、人と妖怪等の居住区域が重なってしまうという事も少なくは無いようですが、それでも古来よりの習慣に従い、妖怪達は人間の最も集まる地域を避けて棲むようにしていると言われております。 「能力者の出現率は、野生の熊や妖怪が人里に現れるより低いだろうが」 「……そう言われるとそうですね」 しばらく走っていると、何処かしこから色々な音が響いて参りました。 それは多くの人が行き交う通りからの環境音でもなければ、通りに立ち並ぶ家や建物からの生活音でもありません。 ドカーンとか、ガリガリガリッと言った、なんとも物騒な轟音があちらこちらから響いているのです。 既に靖国通りに近く、人通りも多くなっていたので、その音に気付いて居られる方も沢山いらっしゃるようでした。 「司様、なんか凄い音がしてるんですが……きゃ!?」 司様に問いかけようとした瞬間、私の目の前を黒い塊が横っ飛びに飛び出してきました。 建物と建物の隙間から、道の脇に置かれていた植木諸々を巻き込んで飛んできたそれに思わず身を硬くした私は、その黒い塊が何なのか瞬時には理解できませんでした。しかしすぐさまその正体は白日の元に晒されました。 「クソッ、チッチ!」 その黒い塊が反対側の建物に激突して停止したかと思うと、ばっと開いて中から小さな女の子が現れたのです。 「あ、雷……鳴天さん?」 そう、黒い塊から飛び出してきたその女の子は、今朝お会いした雷一門の娘さんである雷鳴天さん。そして黒い塊だと思ったのは、鳴天さんが黒いマントを羽織った姿だったのです。 怪我をしていないかと駆け寄ろうとした私を「邪魔!」と邪険に払い除けると、天に掲げた指先に小さな異層三次元存在……雷を纏った鳥の精霊が降り立つのが見えました。 「これでも食らえっ!!」 自身が飛ばされてきた方向へ向かってそう叫ぶと、鳴天さんは指先をまっすぐ正面へと差し向けました。 同時に精霊の全身が眩く輝き、バチバチと空気を焦がすような怪音を立てながら、一時期ブームを巻き起こしたバランスボール程もある、巨大な雷球が目の前に出現したのです。 「え、ちょっと待ってくだ」 「でぇいっ!」 私の制止も聞かず、鳴天さんは雷球を右腕で払いのけるようにして、真正面へと射出しました。 発射の衝撃波を伴い、雷球は一瞬で道路の向……建物と建物の隙間へと突入し、爆音を上げながら炸裂。鉄筋コンクリートと思しき建物の壁面を抉り、建物の窓硝子が一気に弾け飛んでしまいました。 「鳴天さん、何をしてはるんですか!」 目の前でこんな破壊行動を見せられるとは思っていなかった私は、パニック寸前の精神状態で。しかし反射的に立ち上がって鳴天さんへと駆け寄ろうとしました。ですが、その時点で事態は次の段階へと移行していたのです。 鳴天さんが雷球を撃ち込んだ路地裏とも呼べない程狭い隙間から、今度は黒い革製ジャケットに身を包んだ男性が飛び出してきたのです。 ライオンの鬣を連想させる髪の毛に、流線型のサングラスをかけた、何となくバイクに跨っていそうな風体の若い男性でした。 その男性は常人では考えられない程の跳躍力で雷球を飛び越え、着地した足で地面を蹴り、鳴天さんへと殺到しました。 対する鳴天さんもそれを迎え撃つつもりのようです。両手をX字に交差させると、掛け声と共にその両腕を一気に振り抜き、先程よりは若干小振りな雷球を即時発射しました。 男性は斜めにステップを踏んでそれを回避すると、間髪入れずに鳴天さんへと迫ろうとし……何かに気付いたように、急に足を止めました。 「チッ……神社庁か」 「え?」 吐き捨てるように言うと、男性はくるりとこちらへ背中を向け、なんと一目散に逃げ始めてしまったのです。 「あぁっ! 逃がすかコラッ!」 と、鳴天さんが天に向って人差し指を伸ばすと、再び鳥の精霊が其処へと留まり、巨大な雷球が出現しました。 「って、待ってください!」 流石に素手で抑えるのは怖すぎるので、私は八乙女を袂から引き抜き、投げつけるようにして鳴天さんへと伸ばしました。八乙女はするりと鳴天さんの身体に巻きつき、その自由を奪います。 「うわっ!? なんだこれ!」 精霊への力の供給が途絶えた為でしょうか、雷球は瞬く間に空中へと溶けて消えました……これで安心して近付けそうです。 八乙女の戒めを解きながら、私は鳴天さんへ声を掛けようと近付きました。 「雷鳴天さん、街中で何をなさっているんですか」 「お前は今朝の……神社庁の巫女さん!」 どうやら私の顔を覚えていて下さったようです。しかし、ここで笑顔を見せてはいけません。 「能力者がみだりに力を使うのはご法度ですよ。見てください、通行人の皆様方が怖がってらっしゃるじゃありませんか!」 私たちの周辺には、大きく距離を置いて不安そうに事態を見守る通行人の方々が屯しておられました。ディメンションフォースのぶつかり合いなど、傍から見たら交通事故のようなものなのです。周囲に危険が及ばないように、私たち能力者は自身を厳しく律する必要がある。そうお説教をしなければなりません……が。 「あーっっ! お前が邪魔するから逃げられちゃったじゃないかー!」 「ほえ?」 私がお説教を始めるよりも先に、鳴天さんが大声を張り上げたのです。 「折角あいつらの親玉を聞きだしてやろうと思ってたのにーっ!」 怒気のこもった声と共に、鳴天さんはキッと物凄い形相をこちらへと向け、バチバチと全身から放電を始めました。 「えーと……つ、司様ー?」 どうすればいいのか分からず、とりあえず司様に助け舟を求めてみると。 「このか」 いつの間にかギャラリーの中に紛れて安全な位置まで退避してらした司様が仰いました。 「頑張れ」 「そんなぁ……」 12 さっきの通りから落雷のような音が響いてくる。雷使いのガキが今度は神社庁の巫女に突っかかり始めたのだろう。生意気なガキを仕留め損ねたのは少々癪だが、神社庁に目を付けられるよりは幾分かマシと納得しておこう。 男はそう自分に言い聞かせ、サングラスを外す。隠されていた獅子の風貌を持つ男の相貌からはその容姿に違わぬ鋭い眼光が放たれており、見る者に獰猛な肉食獣のような印象を与える要因の一つになっているであろう事は間違いない。 「こっちの力はまだ未完成だっつうからな……途中で潰されちゃあたまんねぇってモンだ」 きょろきょろと人通りがない事を確認した男は二度三度と拳を作り解くという動作を繰り返し、やがて満足したのか拳を強く握り締め、にやりと口角を吊り上げた。同時に彼の背後にあるコインパーキングの看板が突如としてひしゃげ、大きな風穴が開く。 「くく……これで未完成ってんだからたまんねぇよな」 凶悪そうな笑みを浮かべながら舌嘗め摺りをして、男はそう嘯く。 見るものが見れば、男の背後から巨大な腕のような何かが生えている事が分かっただろうが、それが見える者はおろか、その場には彼以外の人間の姿は一つたりとも存在していなかった。」 ******************** 先ほどの男性が一体全体何者だったのか、私は存じ上げなかったのですが、どうやら鳴天さんが狙っていたというか狙われていたというかな相手だったという事なのでしょう。私が割って入ったために取り逃がしてしまったと、鳴天さんはさっきからずっとピリピリ……いえ、ビリビリしています。 「覚悟は出来てるんだよなぁっ!!」 怒号一発。鳴天さんはばっと後方に飛び退くと、自らが空中にいる内に両腕を交差させ、先ほどと同じように電撃を伴った光球をこちらへ向けて発射してきました。 「うわわわわっ!?」 あんなものを受け止めた事は、残念ながらこれまでの人生で一度も在りません。ですがショックで肩こりが治るとか、そういうレベルでない事だけは一目瞭然であるため、私は慌てて身を翻し、それを交わしました。 「きゃっ!」 電気だからでしょうか? 八乙女の端が光球に引っかかりそうになっただけで全身に鋭い衝撃が走り抜けるような感覚を覚え、私は思わず尻餅をついてしまいました。人前で恥ずかしい。 「よそ見してるヒマなんか無いぞっ!」 「えっ?」 浴びせかけられた声に面を上げると、今度は精霊を指先に宿し、最初に見せたバランスボール大の光球をこちらに向けて放とうとしている鳴天さんの姿が、私の両目に飛び込んで参りました。 「くらえっ!!」 「ひえぇっ」 大急ぎで起き上がり……うっかり緋袴の裾を踏んづけてしまった私は、苦肉の策と申しますか、咄嗟に野球のヘッドスライディングよろしく横っ飛びにそれを回避。背後で建物に激突した光球が炸裂し立てる轟音を聞きながら、起き上がりを狙われないように私は急いで立ち上がりました。 「このか、無様に這いずり回るな」 今度は背後から司様の激が飛んでまいりました。 「いや、そうは申されましてもですね……」 「もう一丁!!」 私は思わず言い訳をしようと司様のほうへと顔を向けかけ、しかし鳴天さんはそれすら許さず、更なる追撃を仕掛けてまいりました。 今度の一撃は左手。やはり人差し指をピンと伸ばしていますが、これまでの術とは異なり最初からこちらへと指を差し向けており、肘付近に右手を添える形を取っていました。 その構えを知っているわけではありませんが、私は全身に悪寒が走るような……そう、ぞっとする感じを覚え、無意識の内に八乙女を身体に引き付け…… ゴウン…… 視界が真っ白になったかと思うと、私の体は弾かれ、蹴り上げられた空き缶の如く宙を舞っていたのです。 13 「このか!」 一瞬遠退きかけた意識が司様の声で引き戻され、間一髪。私は頭からの落下を回避する事が出来ました。 幼少より習わされていた合気道が役に立ったのか、考えるより先に私は受身をとり、最小限のダメージで即時起き上がることに成功したのです。 「……ッハ!」 無意識に止めていた息を吐き出し頭を二三振ると、ようやく自分の状況が理解できました。 激しい閃光に包まれたかと思うと、私の身体は一瞬で弾き飛ばされていた……即ち、鳴天さんの指先から放たれたのは先ほどまでの光球とは異なる魔法。恐らく雷そのもののような術だったのでしょう。周りに人が居るというのになんと危険な事をするのでしょう。 「このか、無事か?」 「大丈夫です!」 司様の心配を背に、私はすっと背筋を伸ばし。両手を前に突き出すようにして構えを取りました。そしてそこから私が戦意を感じ取ったのか、鳴天さんの動きが一瞬止まったのが分かりました。 これまで反撃の意思を見せなかった……まあ出来なかっただけなのですが……私が、明らかに抗戦の意思を示した事に、僅かながらの戸惑いを感じたのか。はたまた、ようやく対決という形になった事に気をよくしたのか。ともあれ鳴天さんは私が一歩二歩と歩みを進め、さりげなく二者間の距離を詰めるのも無言で許容しています。 「ふふん、ようやく反撃する気になったか?」 鳴天さんはその小さな鼻を鳴らし、小さな胸を反らせました。その表情からは、どちらにせよ自分が負ける筈がないという自信に溢れている事が見て取れます。 ……ですが私も負けるつもりはさらさらありません。 「雷鳴天さん。神社庁特別対応班のお役目をご存知ですか?」 そう話しかけながら、私は両手を組みました。伏見稲荷の主祭神たる宇迦之御魂神の結印、臨兵闘者皆陣裂在前の皆に当たる外縛印です。 「うん? 何だっけ?」 私の問い掛けに、鳴天さんは素直に頭を悩ませているようで、今の今までバチバチしていた人差し指で柔らかそうな頬をぷにっと押しながら小首を傾げています。こういう様子はとても可愛らしいのですが…… 「神社庁特別対応班の仕事は大まかに二つ。一つは市民に仇成す四次元存在を適切に排除する事。そしてもう一つ」 「ふんふん」 気とでも申し上げましょうか。ディメンションフォースによって操る力は術者の所属によってそれぞれの呼び名があります。例えば目の前にいらっしゃる鳴天さんの所属するヴァルプルギス機関では魔力と呼ばれるものですが、それは人が持つ第四方向へと伸びる肉体の一部であり、私たちが行使する術というものに使われるエネルギーです。それを密かに練り上げ、私は歩みを進めます。 「能力者が勝手にその力を行使しないように、またそうした能力者を発見し次第それを……場合によっては実力を以って取り締まる事」 「…………」 両者の距離はおよそ二メートル半。一足で踏み込み、八乙女を振るえば十分に届く距離と言えます。 鳴天さんもようやくそのことに気付いたらしく、表情を硬くして僅かに腰を沈めました。飛び退いて距離を離そうというのでしょう。速射性に優れる鳴天さんの魔法ならば、距離を離した方が強いのは明白……まあ、速射性が無くても離れたほうが強いのでしょうけど。 「とうっ!」 「えやっ!」 私たちが動いたのはほぼ同時、私が八乙女を投げるようにして伸ばすのに対し、鳴天さんは足元で魔力を爆発させ、急加速で距離を離そうと飛び退きました。 私の伸ばした八乙女はすんでのところで空を掴み、鳴天さんの身体は瞬時に数メートルもの距離を後退してしまいました。 「結局あたしの邪魔をするってことだろ! 吹っ飛べっ!!」 着地と同時に両腕を交差させ、鳴天さんは三度光球を放とうと構えましたが、今度は私も前進して一直線に距離を詰めに掛かります。 魔術の基本知識として、精霊の力を利用して放つ術に対して、今の鳴天さんがしようとしているように自らの力のみで発動させる術は、瞬間的に発揮できる威力が大きく劣るという性質があります。 これまで数回見た限りでは、鳴天さんが人差し指を伸ばしているとき以外、精霊がその術に介入している様子はありませんでした。 という事は、いま鳴天さんが放とうとしている術は八乙女があれば軽傷で済ます事が出来るはず。一撃を受けながらでも肉薄すれば、今度は間違いなく捕まえます! 私は八乙女を手繰り寄せて左腕に巻き付けると、それを盾にするようにしながら強く地面を蹴りました。 「くらえっ!」 鳴天さんが両腕を勢いよく振り払うと同時に、私も左腕を勢いよく突き出し、激しい閃光と雷鳴が歌舞伎町の一角を包みこみました。 光球と八乙女がぶつかり合い、互いのディメンションフォースがエネルギーの奔流となり、周囲を覆い尽くしたのです。 14 閃光と雷鳴。本来ならば天高くで巻き起こるはずの雷電が地上で発生する事など、これまで一度として目の当たりにした事がなかった。 しかし、そのお陰で自分が迷わずに現場へと直行できたという事もまた事実であった。 稲荷鬼王神社に車を預けた直弥は、喧騒を頼りに能力者が喧嘩をしていると思しき場所へとこのか達に遅れて到着した。その場所は多くの取り巻きが人垣となっており、一目で其処が目的地であると分かった。 「このか!」 人垣を掻き分け、直弥がその輪の中へと出るとすぐにその姿を認めた司が呼びかけた。 「運転手か、遅かったな」 「司様。ちょっと後ろ向き駐車に手間取って……このかは?」 しっかり司の問い掛けに答えてから、直哉は改めてそう尋ねた。司はくいと顎をしゃくって見せ、その視線を直弥が追った。 「あれは……!」 視線の先には二つの人影。 一つは小〜中学生くらいの女の子が地面にひっくり返っている姿。 そしてもう一つは、緋袴姿が特徴的な巫女装束の女性……伏見このかの姿である。 立っているのはこのか。倒れているのは雷鳴天である。何故能力者同士の喧嘩に割り込んだはずのこの場に、このかを含めて能力者二名しかいないのかは不明であるが、とりあえずはこのかが勝っているようだ。 しかし、このかの姿も決して無事とは言えないものであった。 全身からぶすぶすと薄煙が上がり、装束のあちこちが黒く焦げている。彼女の足許のアスファルトも変色しており、このかが先程の雷電をその身で受け止めたのであろう事は明白であった。 「司様、このかは大丈夫なんですか?」 真っ直ぐにさし伸ばした左腕の周りを、傷一つ無い羽衣がくるくると……まるで竜宮の遣いがじゃれ付こうとしているかのように、空中でゆっくりと渦を巻いている。 もっとも、リュウグウノツカイは殆ど直立した状態で泳ぐとされているが、海洋生物に詳しくない直弥には、そんなことまで分かる筈もない。 「雷の雷操術を禍矛祓で貫いた。小娘の術は殆ど弾いたが、流石にダメージを受けたようだな」 「ダメージって、雷を受け止めたんですか?」 聞きなれない言葉をスルーして、直弥は質問を繰り返す。しかし司は落ち着き払った様子でこう続ける。 「禍矛祓は八乙女を盾にしつつ攻撃する技だ。並大抵の術ならば一発で消し飛ばしてしまえるが……小娘の攻撃力が余程強かったのだろう。八乙女で弾ききれなかった術が貫通して来たようだな」 「だからこのかはどうなんですか!」 「うるさいな、外野は黙って見ていろ」 なかなかこのかの安否について言及してくれない司に苛立ちを覚えつつ、直弥自身も同じ言葉を繰り返し、司にウザがられていた。 平行線の会話は結局中止となり、二人は黙って舞台の上へと視線を移した。 「……かはっ」 数秒の間ですが、呼吸が止まっていました。AIDだかAKBだかという電気ショックはこんな感じなのでしょうか? 三次元と四次元の双方に等しく影響力を持つ八乙女は、物理攻撃であろうが魔法攻撃であろうがお構い無しに遮断する事が出来る神器。その八乙女をわたしの力で円錐形の矛にして突き入れる禍矛祓は、ドリルのように三次元の物質も、四次元の力も突き破る事が出来る攻守一体の奥義。攻撃力が防御力となり、同時に防御力が攻撃力にもなる。弱点なしの必殺技だったのですが……鳴天さんの術はそれをもってしても完全に弾く事が出来なかった。私の想像を超える、凄まじい威力を持っていたということでしょう。 「あ、危ないですね……一般の方に当たっていたら。け、怪我じゃ済まないじゃないですか!」 感電してしまい未だに痺れが取れない身体を引きずりながら、私は倒れ伏し……てませんね。仰向けの鳴天さんへと歩み寄ってゆきました。 確かにだんだんとヒートアップしてきていたというのはあるのでしょうけれど、こんな威力の術を人に向けるなんて、もはや見過ごす事は出来ないでしょう。ぐるぐるの簀巻きにして神社庁に連れ帰って。ヴァルプルギス機関へと正式に抗議を入れなければなりません。 「このか、大丈夫か?」 不意に掛けられた司様の声に振り返ると、司様と何時の間にかやって来ていた直弥さんの姿がありました。 「だ、だいじょうぶでーす」 心配をかけまいと手を振って見せたのですが、いかんせん、足許がふらつくのは隠せませんでした。 「さ、さあ鳴天さんっ、お縄を頂戴して頂きますよ!」 倒れている相手に偉そうに言う台詞でもない気がしますが、精一杯の声で私はそう告げたのです。すると意外なことに、今の今まで倒れていた鳴天さんがむくりと起き上がり、目じりを吊り上げて大声で一言。 「嫌だ!」 や……嫌だと申されましても…… 15 まるで何事も無かったかのように立ち上がった鳴天さんは、再びバチバチと放電を始めました。 こちらの身体は結構ぼろぼろになっているというのに、何と元気の良い事でしょうか。 「せっかくヒバチの手がかりを見つけたって言うのに〜〜〜〜〜っ!」 良く分からないことを言いながらバンバンと地団駄を踏み、鳴天さんは足許に繰り返し火花を散らせました。 普通に生活していたら絶対にお目にかかれない現象……正直怖すぎます。 「お前のせいで一からやり直しじゃないかーっ!」 怒号一発。同時に右手人差し指を天に掲げた瞬間、鳴天さんの全身から放たれていた電流が全てその指先へと集約されて行きました。 その動作が衝撃波を伴うかのように、鳴天さんの髪の毛やリボン、スカートがふわりと浮き上がり、観衆の視線も上へと引き付けたのは気配から感じ取る事が出来ました。 そして、指先に形作られる巨大な光球を目の当たりにした人々の悲鳴が上がったのです。 「え……ちょっと鳴天さん!?」 それは先程までのものとは明らかに異なるサイズ。本来ならば定型を留める事がないエネルギーという存在を具現化したそれは、鳴天さん自身の身体よりも更に大きいものでした。 「焼け焦げろー!!」 「ひえぇっ」 最早周りの事なんて見ていないのでしょう……いえ、それは最初から同じですが、目の前の敵を倒すことしか考えていないかのように、それが周りの方々にどれほどの脅威になるかも鑑みずに、鳴天さんは自らの術を放ったのです。 「いかん、逃げるなこのか!」 雷鳴天の巨大雷球を前に恐れをなしたこのかが這う這うの態でその射線から身体を逸らせるのを制止しようと、司はそう声を上げた。 とは言うものの、既に回避行動に移ってしまったこのかがその身体を反転させたとしても、雷球の速度から見てもそれを止めるには遅すぎる。 第一、このかの力でこの魔法を防ぎ切れるかという点にも大いに疑問が残る。 先程受けた魔法ですら、撃ち合った際に競り負けたのはこのかの方だったのだ。下手をすれば、それを受けたこのかが再起不能に陥りかねない。 (止むを得んか!) 司は即座に思考を完了させると、その身を雷球の射線上へと躍らせた。 自らの眼前に雷の魔法が迫っていた人間達にとって、一足で十メートル近い距離を跳躍する狐の存在に疑問を感じる余裕などある筈もない。司の超常的な機動に気付く事もなく、観衆は悲鳴を上げて逃げ出そうとした。 突発的な混乱の中、時速百キロ近い速度で突進してくる雷球を全ての者が交わせる筈もなく、中には転んでしまうもの。目の前に割り込まれ立ち往生してしまう者も居る。 絶叫悲鳴が上がる中雷球は人垣へと向かって一直線に突き進み、あわや大惨事という正にその瞬間、その進行を阻む強烈な爆炎が突如として立ち上がった。 大叫喚の中、炎の柱に観衆の視線は釘付けになった。そしてその中から姿を現したのは言うまでも無く、伏見稲荷の客員御先稲荷にして世界最強の妖怪である、空狐天司である。 優美な七つ尾を揺らしながら、司は一歩一歩ゆっくりと踏みしめながら、一瞬で鳴天の雷球を掻き消した自らの炎の直中を突き抜けて前に出る。 それは全身に炎を纏ったかのような威容。人知を遥かに超えた存在が放つ存在感。そして力強さ。 まさしく、神そのものの姿であった。 「んなぁっ!?」 素っ頓狂な声を上げ、鳴天さんは大口を開けて驚きを露わにしていました。 勿論それは私も同じで、滅多にお目に掛かる事が出来ない司様の術を目の当たりにした驚きに、自らの心が支配されていました。 「おい小娘。自分のした事が分かっているのか?」 トコトコと歩みを進め、司様は鳴天さんへ向けてそう問い掛けられました。 「このか相手ならばまだしも、一般人に向けてその力を使えば、どのような事態になるか……分からぬとは言わせんぞ?」 「うぐ……」 司様のお言葉に息を詰まらせ、鳴天さんは周囲を取り囲む人々の群れへと視線を配りました。鳴天さんを見つめる人々の表情からは、恐れの感情が。鳴天さんへと向けられる恐怖の感情がありありと伝わってくるようでした。 自らへ向けられる視線を前に、鳴天さんはどのような気持ちでそれを受け止めていたのでしょう…… |
||