Dimension Force

〜東の国の幼き魔女〜

23

 鳴天さんは靖国通りの上空からこちらを忌々しげに睨んでいました。当然観衆の数は更に増え、通りも間もなく渋滞を始めてしまうことでしょう。

「あんにゃろ〜。折角止めを刺してやろうと思ったところだったのに」

 一体何の騒ぎかと停車した自動車の屋根に、ズドンと降り立った鳴天さんは、私と一青さんに向けて毒づきながら精霊を呼び寄せ、再び空中へとその身を躍らせました。自動車の屋根は黒く焦げ付いています。

 頭上で火花を散らせながら滑空するその姿は、少なからず私や私達を見守る観衆の皆様の心に、恐怖心を植えつけました。

 丁度頭上を猛禽が旋回しているときのような不安感。頭上を制される事に恐怖を覚えるのは、人間が真上からの攻撃に対応し辛いという弱点を物語っているからでしょうか?

「くらえーっ!」

 そして私達が反撃できないのをいい事に、鳴天さんは上空から立て続けに術を放ってきます。

 交わしても周囲に被害が及ばないという点に関しては若干気楽ではありますが、反撃の糸口もなく一方的に嬲られ続けるというのはなんとも歯がゆいものです。

「くっ、アレでは手が出せないな……」

 苦々しげに呟くのは剣士の一青さんです。確かに、近付いてこない相手を刀で切る事はできないでしょう。一青さんと鳴天さんの相性は最悪と言っても差し支えないように思えます。

 という事は、やはり私が何とかしなければなら無いという事です。

 上空の相手に接近する事……まずはそれが先決なのですが、脇のビルに登って二階から飛び出すなんて事をしてみようにも、一瞬で道の対岸へと移動できる鳴天さんを捕らえるには至らないでしょう。要するに、空中の鳴天さんに直接接近しなければどうしようもないという事です。

「一青さん、少しの間で構いませので、鳴天さんの注意を引いて頂けませんか?」

「何か手があるのですか?」

 私の呼びかけに、一青さんは短く問い返されました。私は小さく頷き、一青さんも追求はせずに頷き返してくださいました。

 

 私達が左右に展開すると、空中の鳴天さんは同時に目で追うことが出来ず、私と一青さんの姿を交互に見遣ります。

 そしてきょろきょろしている鳴天さんに向かい、一青さんはなんと、刀の鞘をいきなり投げつけたのです。

「どぅわっ!?」

 あまりにも唐突な投擲攻撃に、鳴天さんは大袈裟気味に驚きながら、それを回避しました。

「あ、危ないなこのヤロー!」

 自分も散々危ない事をしていたというのに、鳴天さんは一青さんに向けてそんな文句を言い放ちました。

 しかし一青さんはそれには答えず、心底感心したというような表情でこちらを見ていました。

「ん? どうしたんだ?」

 自分のほうへと向けられている一青さんの表情から感情の動きが読み取れず、鳴天さんは訝しげに首を傾げました。

 そして何かを感じ取ったのでしょう。慌てて背後へと首をめぐらせた時には、もう勝負は決まっていました。

 鳴天さんの視線の先に居たのは、当然この私。伏見このかです。

 八乙女の能力を活かせば、大量の空気を抱え込む事による自重の希薄化を行い、人間の脚力でも桁外れの跳躍力と紙袋の如き滞空時間を実現する事ができるのです。

「てぇいっ!」

 空中に居るという事で安心しきっていた鳴天さんの背後に回りこみ、その小さな背中に八乙女の一撃を打ち込むと、鳴天さんは勢い良く吹っ飛んで行き、通りの道沿いに店舗を構える……あれは何屋さんなのでしょうか? お土産屋さんと申しますか、なんだか良く分からないゴチャゴチャとしたお店の中へと突っ込んでゆきました。

「バカ、やりすぎだ!」

「あぁっ、申し訳ありません!」

 司様のお叱りを受けながら、空気を含んで大きく広がった八乙女に身体を包まれれた私は、ふわりふわりと落下して行き、やがて騒然となった靖国通りの歩道へと降り立ちました。

 眼前にはお土産屋さんだか雑貨屋さんだか良く分からないお店の中で、商品の上に仰向けに倒れこんでいる鳴天さんの姿がありました。

 ……まさか死んではいないですよね?

 

24

 どんがらがっしゃんという轟音と共に、鳴天さんが突っ込んだお店からもわもわと多量の埃が舞い上がりました。同時に店番の方でしょうか、大きな悲鳴も聞こえ、市街は一時騒然となりました。

 いえ、さっきからずっと騒然としていたのですけれどね。

 通りから店内を覗きこみ、鳴天さんの様子を伺ってみると、やはり仰向けに倒れたままピクリともせず、よもや本当に死んでしまったのではないかと不安に駆られます。

「つ、司様どうしましょう?」

「一々うろたえる暇があったら、さっさと確認に行かんか!」

「は、はいっ!」

 司様に叱咤され、私は大急ぎで埃が舞い上がる店内へと脚を踏み入れたのでした。

 

 

 

 ――鳴天……鳴天。

 声が聞こえる。とてもよく聞きなれた声。毎日聞いている、暖かくって優しい声……

 そう、これはパパの声だ。

 ――凄いじゃないか。もう精霊と仲良くなったのかい?

 精霊? 一体何の事だろう?

 パパの言葉の意味が分からず、あたしはちょっとだけ悩んだ。そして何処からか、すぐに別の声が聞こえた。

「うん! チッチって言うんだよ、友達なんだ!」

 一瞬誰の声だか分からなかった。でもそれは、きっとあたしの声だ。

 チッチと出会って、友達になって。そして強い強い魔法使いになった。あの頃のあたしの声だ。

――そうか、きっと鳴天は凄い魔法使いになるぞ。パパが言うんだから間違いないぞ。

「うん、あたしすっっっっごい魔法使いになる! パパにも負けないくらいの魔法使いに!」

 ――ははは、それは楽しみだ。パパも鳴天に追い抜かれないように頑張らないとな。

 パパの笑い声。一門の魔法使い達の中でも特に早く精霊と友達になったあたしが自慢だと言ってくれた。そして……

 ……それなのに。

「どうして? 何でそんな事言うの!? 」

 そうだ。パパは……ううん、パパだけじゃない。周りにいる誰もが、すぐにあたしとチッチを引き離そうとしはじめた。

 ――鳴天、お前だって分かっているんだろう? チッチではお前の力を十分に発揮する事は出来ないんだ。

 ――鳴天にはもっと強い精霊の友達が必要だろう? だからチッチよりも……

「そんな事ない! だって、これまでだって誰にも負けなかったんだよ。パパ以外の人には一回も負けなかったんだ! あたしもチッチも弱くないもん。これからも強くなっていくんだもん!」

 ――鳴天……チッチはね、これ以上強くはなれないんだ。

「違うもん、強くなるんだもん! ぜったい……絶対強くなるんだから!」

 ――鳴天! 何処へ行くんだ。

 

 チッチは強い精霊じゃあない。それははじめから分かっていたんだ。

 精霊は人間のように鍛える事が出来ない。エネルギーの塊みたいな存在だってパパは言っていた。

 そんな事は分かっていたけど……本当はそんな事、分かっていたんだけれど。

 あたしがそれを認めたら、もうチッチとは一緒にいられなくなると思ったんだ。

 だから、あたしが誰よりも強いって証明すれば、あたし達はきっとずっと一緒に居られるはずだって。そう思った。

 だからあたしは強くなろうって決めたんだ。

 パパがあたしに期待してくれてたからだけじゃない。初めてあたしの親友になってくれたチッチと、いつまでも一緒に居られるために。

 あたしは、誰よりも強くならなくちゃいけないんだ。

 

 

 背中に受けた痛みが全身に響き渡る中で、あたしはうっすらと両目を開いた。

 強い光があたしの目を指し思うように瞳を開けずにいたが、不意にすっと影が落とされ、僅かながらも視覚が回復してきた。

 あたしの瞳に影を落としたそいつ……光の中に浮かび上がったシルエットは、せせら笑うかのようにあたしを見下していた。

『弱いな、全然ダメだ』

「な……ん、だとぉ……」

 その言葉に、あたしは奥歯を噛み締めた。

「あ、たしは……弱く……弱くない」

 痛みに悲鳴をあげる身体に鞭打って、あたしは必死に身体を起こそうとした。あたしが弱いだなんて、そんなの絶対にあってはいけない事だ。誰が相手であっても、どんな相手であっても、あたしは強くなくてはならない。

あたしは最強の魔法使いにならなきゃいけないんだ!

けれども、あたしの身体はまるで別の誰かのものになってしまっているかのように、まったく言う事を聞かない。

『確かに、そこらの連中よりは多少マシかもしれないな。でもダメだ。お前程度じゃ相手にならない』

 そいつはあたしが動けないのを確認すると、興味を失ったようにくるりと背を向けた。

 遠ざかる。

 最強が遠ざかっていく。

 あたしが座らなきゃいけない椅子に陣取った、そいつが遠くへ行ってしまう。

 捕まえなきゃ……絶対に、コイツにだけは勝たなきゃ。今逃げられたとしても、いつか必ず見つけ出して、そして倒さなきゃ。

「待て……な、名前……お前、の。な……ま」

 逆光の中、そいつは振り返った。顔は良く見えなかったけれど、薄れ行く意識の中、酷く遠くに聞こえる声と、ぼんやりと浮かぶ一つのシルエット。

『ヒ……***……。』

 聞こえる声も遠退き、同時にうねる様な異音が周囲を包み込む。

 終われない……このまま終わるわけには行かない。

 白く塗りつぶされてゆく世界へ向かい、飛び去って行く“蜂”の影を見つめながら。あたしは微かに聞こえたその名を必死に刻み込む。

「ヒ……バチ……」

 

25

 

 勝てなかった。誰よりも強くなると決めたあたしが、どうしても勝てなかった。

 あいつに勝たないまま、どうして自分が最強だなんて言えるのだろうか?

 絶対に勝たなきゃいけない。何がなんでも、あいつに……!

 だから。

 あたしはこんな所で負けてられない。

 あたしは、こんな程度の奴に、負ける訳にはいかないんだあああぁぁぁぁぁぁぁぁ

 

 

 

ぁぁぁッぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!!!」

「きゃぁっ!?」

「このか殿!」

「このか!」

 私が近付こうとした拍子、店内に倒れて動かなかった鳴天さんが、突如として大声を張り上げ、凄まじい雷電を伴う魔力の奔流を迸らせました。

 強烈な衝撃波に吹き飛ばされた私が見上げると、店内の様々な品物が鳴天さんの身体から放たれる電撃に晒され、次々に弾けとんでいく様子が映ります。

 お店の方は悲鳴をあげながらお店の奥へと避難し、店先通りに屯した観衆の方々も、蜘蛛の子を散らすかのように一斉に逃げ出しました。

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぁぁぁおああおおあああああああああああっっ!」

 そして歩く積乱雲が如きエネルギーの塊と化した鳴天さんは、傷ついた身体でなおも起き上がり、これまで以上の戦意に満ち満ちた瞳で、こちらをにらみ付けたのです。

「チッチ!!!」

「チィィィィッッッッ!!!!」

 鳴天さんの掛け声と共に、私の頭上に雷の精霊が舞い降りて来ました。そしてそれと同時に、鳴天さんの指先からサッカーボール大の光球が放たれました。

「おぉっと!?」

 咄嗟に地面を転がるようにしてその射線上から身を交わしたのですが、直後。私の居たその場所で鳴天さんの魔法を受けた精霊が、激しい閃光を放ったのです。

「え?」

 

 ズゴオオォォォゥゥン……

 

 落雷にも等しい轟音と共に、私は閃光に包まれ、気が付けばこの身体は宙を飛んでいました。

 スローモーションのような視界の中で、私は「ああ、今のはきっと鳴天さんの魔法が目の前で爆発を起こして、私はそれに吹き飛ばされたんだな」と、ただぼんやりと考えていました。

 全身を突き抜けた雷の衝撃で、私の身体はぴくりとも反応をせず、ただ流されるままに宙を舞っていたのです。

「このかっ!」

「ふぎゅっ!」

 私が地面に激突する寸前、正に間一髪のタイミングで私の身体を受け止めてくれたのは、運転手の直弥さんでした。

 頭から落下するところだった私の下に滑り込み、身体を張って守ってくれたのです。

「直弥……さん」

「くっ……大丈夫か、このか?」

 直弥さんのお陰で大丈夫。そう返したくとも、体が痺れて言う事を聞かない私には正常な言葉を紡ぐ事すらできません。そして今の鳴天さんの様子ならば、更に追撃を仕掛けてくるであろう事は火を見るよりも明らかです。

 こんな状態で、次の術を弾く事は出来ないでしょう。八乙女に包まれた私はまだしも、生身の直弥さんが受ければただでは済みません。しかし今の私には、逃げてという一言すら、まともに発する事ができませんでした。

「あたしは……」

 私への攻撃に続き、再び上空へとその身を躍らせた鳴天さんは、空中を滑空しながら言葉を放ちました。

 どこか必死そうに。

 見れば、その両目にはいっぱいの涙すら湛えながら。

「あたしは絶対に、負けられないんだあああああぁぁぁぁぁっっ!」

 何故なのでしょう。鳴天さんの声は私ではない誰かに向けられたような。

 どこか悲痛な表情を孕みながらも、勝利と言う二文字のためだけに存在する自分と言う存在を奮い立たせる為のものであるかのように。天を突き響き渡りました。

 どうしてこんなにも……痛いほどまっすぐに、その力を誇示しようというのでしょうか。

 空中で自らの胸に雷の精霊を燈した鳴天さんの姿は、天駆ける鳳凰が如く光り輝いていました。

 それは雷電の鴻鵠。稲妻を伴った巨大なエネルギーの塊と化した鳴天さんが、全身でこちらへと突き進んできたのです。

「くっ……!」

 私を抱きかかえる直弥さんの腕に力が篭り、必死に庇おうと私の上に自らの身体を覆い被せました。

 同時に私達と鳴天さんとの間に、一青さんが割り込み剣を構える様子が、直弥さんの脇から僅かに見えました。

 ですがダメです。あの力はこれまでのものとは桁が違う。近付いただけで焼き切られてしまいそうな程の、圧倒的な威圧感を感じます。

「だめ……にげて……」

 声にならない声を必死に張り上げ、しかしそれももう手遅れ。

 鳴天さんが一青さんのところまで到達しようと言うその瞬間、凄まじい閃光と爆音。衝撃波が私達を包み込み……そして稲妻の渦が巻き起こりました。

 

26

 稲妻の渦は私達を取り囲み、まるで光で出来た鳥籠のように周囲を覆っていました。

 うねる電流の檻に弾かれたのは、自らを魔法弾として放ってきた鳴天さんです。

 驚きに目を剥く鳴天さんの視線の先に……同時に私達の視線の先にあるそれが、恐らくこの光の檻を生み出した存在。

 巨大な山猫のような姿をした一頭の霊獣。雷一門の邸宅へと伺った際に垣間見た、雷総雲様の守護獣。

「て……天真?」

 魔力を相殺され、逆方向へと押しのけられた鳴天さんが信じられないと言った口振りでその名を呼び、テンマと呼ばれたその霊獣もぐるるるると返事をしたのが、恐らくその証拠でしょう。

「これは……雷の霊獣?」

 一青さんも困惑しながら、件の霊獣にこちらとの交戦の意思が感じ取れない事から、構えを解きました。そしてもう一人、一気に戦闘を鎮圧した張本人とも言える人物が、私達の間に立ちました。

「いかにも……この私、雷総雲の霊獣“天真”だ」

「ぱ、パパ!?」

 そう、この戦闘に割り込んだのは他でも無い、ヴァルプルギス機関極東支部長、雷宗家代表、雷総雲様だったのです。

「鳴天、そこまでだ。それ以上やったら彼らもただでは済むまい。人殺しになりたいのか?」

「う……」

 総雲様の言葉に、流石の鳴天さんも引き下がるしかなかったのでしょう、言葉を詰まらせ、一歩二歩と後ろに下がり反抗の意思が無いことを示しました。

 その様子を満足気に頷きながら見守り、総雲様は次にこちらへと視線を移しました。

「さて神社庁の諸君、今回は大変苦労を掛けてしまったようですな。全くもって申し訳ない」

 そういうと、総雲様は何と私達に向かってぺこりと頭を垂れたのです。

「パパ! そんな奴らにあやまる事なんて……」

「お前は黙って居なさい」

「……はい」

 鳴天さんを一喝し、総雲様は呆然とする私達へ向けて再び言葉を紡ぎました。

「今回の被害に関しては、我が雷一門が責任を持って賠償しましょう。人的被害が出なかった事が幸いですな……では鳴天、向こうに車を待たせてあるから先に行っていなさい」

「待て」

 どさくさに紛れて鳴天さんを逃がそうというのでしょうか? 総雲様のそんな行動を見逃すまいと、制止をかけたのは頼れる我らが司様でした。

「これはこれは、空狐天司様ですね? こんな所でお目に掛かれるとは、光栄の極みです」

「我々はそれを捕らえるために来ている。勝手に帰れると思ってもらっては困るな」

 恭しく頭を垂れる総雲様ですが、司様はフンと鼻を鳴らせてさっさと本題を切り出しました。

「はて、鳴天を捕らえて一体どうなさるおつもりでしょうか?」

 しかし総雲様もさるもの。司様を前に、動揺する素振りをかけらも見せず、それどころか挑発的とも取れる言葉で返してきたのです。

「しらばっくれおって。その小娘のしでかした事は能力者としてあるまじき行為だ。それも再三の注意を行っているというではないか? 貴様に適切な指導を行う能力が無いのならば、こちらで行うだけの事。分かったか?」

「ふむ、なるほど……鳴天、ちょっとこっちに来なさい」

 司様のお言葉に観念したのか、総雲様は素直に鳴天さんを呼び寄せ、自分の傍らに立たせました。

 そして何をするかと思うと……

「コラッ、周りの人に迷惑をかけちゃだめだと言っているだろ!」

 なんと普通に叱りつけたのでした。

「え? ……ご、ごめんなさい」

 これには鳴天さんだけでなく、見ている私達もびっくり。思わずぽかんとその様子を見守ってしまいました。

「いいかい? 私達の力は周りの人達と比べてとっても強いんだ。鳴天なら分かるだろう? 周りの人達は私達の魔法から身を守る方法がないんだ。だからそう言う人達には気を使って接してあげなきゃいけない、そうだろう?」

「うん……」

「分かったらもうしないって、パパと約束できるか?」

「……うん、普通の人が危なくなる事はもうしない」

「よし、分かってくれれば良いんだ。鳴天は良い子だな」

 よしよしと我が子の頭を撫でる総雲様の表情は優しい父親そのもので、私達と対峙した時の恐ろしい印象は微塵も感じられませんでした。これが親子の愛情の力なのでしょうか。

「さて、本人もこう言っている事ですし、今回はこれで手打ちと言う事で……」

「良いわけがあるか。つご」

「オッケーです! モーマンタイです!」

 総雲様がそう言い出し、その言葉も終わらぬ内に私達の言葉がそれに被せられました。

 ……で、何故かみんなで私の方を“訳の分からないものを見るような眼”で見てきました。続けざまに“訳の分からないものを形容するかのような声”を連続して浴びせかけてきます。

「はあぁっ!?」

「こ……こ、このか殿?」

「ばっ!? 」

 え、何ですかこの冷え切った空気感?

 

27

 私を中心として、司様以下雷家のお二方を含む計五名の方々が唖然とした表情を浮かべておりました。

「え、えーと……鳴天さんもこう言ってはる事ですし、ここは私達年長者が信じてあげなければいけないのですよっ!」

 なんとなく気まずくなり、私はいささか慌て気味にこう付け足して発言の意図を明示したのですが、結局は非難の嵐を受ける事になってしまいました。

 しかし、そんな非難も何処吹く風に私が鳴天さんへと「もう周りの方々に危害を加えるような危ない真似はしないって、本当に約束してくださいますよね?」と確認すると、鳴天さんは素直に頷き「うん、もうしない」と返してくださいました。

「ほらっ、これでもう大丈夫です。一件落着ですよ!」

 鳴天さんに反省の意思が確認できたので、私達のお役目はこれで終了と言う事です。

 自信満々に司様達へと笑顔を向けた私に帰ってきたのは、諦観半分といった調子のため息ばかりでしたが……大丈夫! 私は信じて居ますから。

 

 *********************

 

 帰りの道中。雷総雲は自家用車の後部座席で自分と並んで座る娘、鳴天へと声をかけた。

「それにしても、やけに素直にあいつらの言う事を聞いたね?」

 あいつらと言うのは無論、神社庁の人間を指す。即ち鳴天自身が交戦していた伏見このかの事である。

 父であると同時に魔術の師でもある自分が言った言葉に対し、鳴天が素直に従った事自体は何ら不思議ではない。しかし自分同様プライドの高い鳴天が素直に敵の言葉に従ったという事に、総雲は若干の驚きを覚えていたのだ。

 しかしそんな総雲の問い掛けに対し、鳴天はにやりと口角を吊り上げて見せた。

「うん、だって普通のやつらなんて相手にしても詰まらないからね」

「うん?」

 鳴天の言葉の意味が理解できず、総雲ははてと首を傾いだが、不意に視線を外して車外を覗く鳴天の唇から零れた言葉に、彼女の意図を理解する事が出来た。

「神社庁か……世界には面白い奴らが沢山居るんだね」

 総雲率いる雷一門の術士達でも相手にならない程の実力を備えた魔術界の麒麟児。雷鳴天をわくわくさせるほどの存在が現れた。

 それは彼女自身が目標としているヒバチなる存在とは異なり、互いを高め合える好敵手に成り得る。そんな可能性を秘めた存在と言えるのであろう。

 この出会いは、鳴天に大きな一歩を与えてくれる事になるだろう。

 合点がいった総雲は満足気に身体を高級革張りのシートに沈めながら頭を切り替える。

 鳴天に関してはこれで当分心配要らないだろう。当面の問題は……今回鳴天が破壊して回った建築物や店舗への補償だ。

「どうやって握りつぶそうかな……」

「え、なに?」

 不意に漏れた言葉に鳴天が振り返り問い返すが、総雲はこともなげに「なんでも無いよ」と返すのみだった。

 

 *********************

 

「えーっ、帰しちゃったのー!?」

 神宮宿舎へと帰還した私達は、居間で安静になさっていた阿傍閻さんへと事の顛末を報告いたしました。

 阿傍さんの反応はご覧の通りですが、私にはなんの不安もなかったので、自信たっぷりにこう答えました。

「大丈夫ですよ阿傍さん。鳴天さんも一般人に危害を加えるような事はもうしないって約束してくださいましたし」

「いや、あの子が私達の言う事なんて聞くかなー?」

「大丈夫ですってば。鳴天さんって、けっこう素直で良い子ですよ?」

「素直かもしれないけど……良い子かなぁ?」

 納得いかないという様子の阿傍さんは二度三度と小首を傾いで居ましたが、先程も申し上げた通り、年少者に対して私達年長者がすべき事は、教え・導き・信じてあげる事なのです。

「良い子ですとも。きっと鳴天さんはこれからもっと良い子に成長してくださいます。司様にそうして頂いてここまで成長する事が出来た私自身がその証明です!」

 そんな私の弁に、阿傍さんは少し複雑そうな表情をつくり、やがてこう仰いました。

「そんな言い方をされると、怒るに怒れないじゃない」

「うふふ、申し訳ありません」

 深い深いため息と共に、阿傍さんは諸手を上げて降参の意を示されました。

 ですが、きっと大丈夫。

 間違える事もあるかもしれませんが、そんなときのために、私達特別対応班の人間が居るのですから。

 

「このかは素直で良い子だな」

 不意に司様がそんな事を仰いました。

 自分で言ったようなものではありますが、突然司様に褒められ、私は胸の奥から熱いものが込み上げるような思いがしました。

「司様……」

「しかし少々頭が弱いな……なんだ、雷の小娘そっくりではないか」

 冗談めかしたお言葉に、神宮宿舎の居間にどっと笑いが湧き起こりました。

 本当に、司様にはとても敵いませんね。

 

エピローグ

 夕方を迎えた歌舞伎町の一角。昼間に伏見このかと雷鳴天が対決した地点から若干離れたその場所は、普段にも増して人通りが少なかった。

 故に狭い小路には不釣合いな大型トラックが入り込んできても、それを気に掛ける者など殆ど居りはしなかった。

 トラックはバックで小路を進み、やがて一棟の廃ビルを前に停車する。

 それは雷鳴天が妖虫が入り込んで行くのを目撃したビルであった。

 運転席から降り立ったのは、無骨なトラックには不釣合いな革のジャケットに身を包む男である。流線型のサングラスによってその眼元が隠されているものの、その獅子を連想させる逆立った金髪は特徴的といっても差支えがないだろう。

 男は周囲に人気がない事を念入りに確認し、足早にビルの地下駐車場のシャッターを開いた。

「……ここももうヤバイ。他所に移動するぞ」

 明かり一つない地下駐車場の中へ男が言葉を投げかけると、それに呼応するかのように、獣の瞳を連想させる二つの光が男へと向けられる。

 いつしかその闇に潜む存在を示すが如き光は無数の視線となり男を取り囲む。

 人間が跋扈し、妖や物の怪が形を潜めた現世にあって、まるでそこだけは人ならざる者が犇めき合う伏魔殿であるかのような、禍々しい妖気が立ちこめて居るのだった。

 

 

 To Be Continued …

 

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