〜異説 日本神話〜

お稲荷さんの誕生

 「結」

 

「貴様が馬鹿みたいに飯を食う所為で人間が困っている。そもそも神である貴様がそこまで食う必要もなかろう? 余っている米を里のものに返せ」

 ツカサがそう言うと、御饌津神はべそをかきながらも反論を述べた。

「だって……だってあいつら、餅を的にして遊んでたんだよ? そんなに余ってるんだから、私がちょっとやそっと食べたくらいで無くなるわけないじゃないか!」

 飯の事となると一丁前の反論をして来る。が、庵に転がる複数のお櫃を見て「今日はどれくらい米を食った?」とツカサが問うと、御饌津神は「ほんの五升です」と答えた。

 日はまだ高かった。

 

「よいか? 貴様が奪った米は秦氏が作ったものだけではなく、里のすべての者の分も集められていたのだ。つまり、貴様は里じゅうの米の殆どを一人で食ってしまったのだ」

 御饌津神は何故秦氏の倉に里じゅうの米が集められていたのかが理解できない様子だったが、伊侶巨秦公が里の民にばかり負担を強いて、自らは私腹を肥やしていた事を伝えると、再度「民のために米を返せ」と迫った。

 確かに里の民みんなが飢えてしまうのは大事だ。しかし、ご飯が食べられなくなるのも嫌だ。悩む御饌津神に、ツカサはひとつの提案を持ちかけた。

「伊侶巨秦公に貴様を祀るための社を建てさせよう。貴様が農耕神として田畑を守れば、民は米や酒を供えるだろう。それならば文句はあるまい?」

 確かにそれならばご飯がたらふく食べられる。御饌津神は二つ返事でその提案を呑み、ツカサは交渉の成立を伝える為に山を下った。

 

 実は山に登る前、ツカサは伊侶巨秦公に次のようなことを約束させていた。

「お前は民の財を独り占めしただけでなく、食べ物を粗末に扱った。そのことに山の神はお怒りなのだ。過去の過ちを悔いる気持ちがあるならば、私が神に怒りを鎮めるよう言ってきてやろう。その代わり、お前は山に神を祀るための社を作りなさい」

 

 間もなく伊奈利山の三つの峯にそれぞれ、神を祀るための社が建てられた。

 御饌津神は大好きなご飯を存分に食う事が出来、里では田畑を神に守ってもらえる。双方にとって善き結果になった事は言うまでもない。

「ご飯おいしー。しあわせー!」

 御饌津神の無邪気な笑顔が伊奈利の里を包み込む。

 この社が“稲荷神社”と呼ばれるようになるのは、これよりもう少し後の世の事である。

 

 

 めでたしめでたし。

 

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