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Vanishing Ray Stage02
“the Straits of Scylla” - A Hermit in contaminated blue - |
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1 観測機であるナインフェザーには大型のRAMクリスタルが二基装備されており、膨大なデータを記録する事ができる。長距離航行型観測機“ラージフェザー”の後継機として作られた背景から、高性能探信儀を装備しており、上空から地上の情報を収集する事もできる。しかも機体そのものは小型で運動性が高い。 中距離広範囲に爆発的な破壊をもたらす兵器SWCを搭載したインモータルのデータ収集用としては、これ以上無い程に適任であったのだろう。 もっとも、初めからインモータルに記録用RAMクリスタルを積んでいれば問題なかったのではないかという話なのだが……どうやらそうも行かない理由があったようだ。 インモータルとのデータ通信で得たR-02の機体スペックは、正直馬鹿げているとしか思えない仕様になっていた。 まずはSWCだ。大型で高コストの超兵器は以前行われた特攻作戦以外では航空用WoSに搭載された記録はなく、実際に相当無理のある運用であった。 インモータルはその超重量級兵器を運用し、尚且つ機動性を維持するために不要な装備をそれこそ、装甲板に至るまで削減し、限界まで機体重量を落としてあるのだ。耐久性でいえば、殆ど装甲がない観測機と大して変わらない紙装甲ということだ。 (それでいて、新兵器だか知らないけどこんな大剣持たせて近接戦闘までやらせようってのが狂ってるよな……) 僕は並行するインモータルの機体を横目で見遣る。 そこまでしなければならないほどに人類軍が追い詰められているという事実を、否応なしに叩きつけられているような気がしていた。 「ところでインモータル。次の目的地を教えて貰ってもいいかな?」 《うん? ああ、そう言えばまだ伝えてなかったっけ》 「そう言えばじゃあ無いだろう。行き先も分からずに連れ回されている僕の気持ちにもなってくれよ」 相変わらずの調子で答えるインモータルに僕が嘴を尖らせると、間をおかずにくぐもった音声の笑い声が届く。 《いやあ、悪い悪い。いま私たちが向かっているのは、エルソードのスキュラ海峡に面した入り江だ》 「スキュラ海峡!?」 北に向かっている事は知っていたが、予想外の地名に僕は思わず上ずった声で問い返してしまった。対するインモータルは、そこで声のトーンを落として真面目腐った調子でこう返す。 《そうだ。知っているようだがそこにはガイストによって占拠された人類軍の重要拠点がある。いまだガイストによって包囲されていて危険極まりない場所だが……》 「スキュラ海峡だと、方位角が六十度も違うぞ!?」 《……え?》 インモータルの言葉が止んだ。 「いや、だからこのまま進むとルダン沖の孤島に辿り着いちゃうけど」 しばしの沈黙。何となく気まずい空気が流れる中、風切り音のみが僕ら二人を包み込んでいた。 《……キューちゃん》 長い長い沈黙の後、インモータルがおずおずと言った調子で切り出したので、僕は努めてぶっきらぼうに返す。 「何だ?」 《道案内、頼んでもいいデスカ?》 僕らの立場が逆転する瞬間は、案外早く訪れた。 ****************************** スキュラ海峡に辿り着いたのはまだ高かった日が一回落ち、もう一度太陽が登ったかと思えばすっかり日も傾き、茜色から藍色へと変わるグラデーションを空に映し出した頃だった。時間にするとおよそ三十時間といったところだ。インモータルが方角を間違えなければ明るいうちに到着出来たであろう事を考えると、まったくもって無駄な距離を飛ばされた事になる。 「インモータルは夜目は利くのか?」 僕はふとそんな質問を投げかけてみた。ガイストが視覚・聴覚で周囲の情報を認識して言うことは知られている。インモータルが夜間戦闘に対応できるのならば、これはむしろ好期といえる。 しかし人生とはままならないもの。インモータルはしれっと僕の期待を裏切ってくれた。 《いんや、全然》 「はあ……じゃあどうするんだよ。このまま上空で朝まで待機とか言わないだろうな?」 《大丈夫だって、そのためにキミが居るんじゃないか》 「?」 インモータルが何を言いたいのか理解できず、僕はただ首を傾げるばかりだった。そんな僕を見かねてだろうか、インモータルは左肩のホルスターに格納されていた大剣“ディバインラスター”を引き抜くと、入り江の奥にそびえる構造物をまっすぐに指し示した。 《トライリス・タワーは知っているな? ガイストとの戦いが激化する中、五大国の連携を強めるために長距離通信を実現させようと建造された大型通信塔だ》 それは勿論知っていた。ホルデイン王国陥落の報を受けたエルソード国王ナイアスが急遽建設を行った通信塔だ。これがもう少し速く完成し、ガイストからの猛攻撃を受けていたゲブランドにまでガイストの情報が伝わっていれば、一八六二年のルーンワール撤退戦は成功していたかもしれないと言われている。 《インモータルが受領した作戦は、ここを占拠している親型ガイストを討伐し、トライリス・タワーを奪還する事……というわけでキューちゃん、大型ガイストの索敵、宜しく頼むよ!》 弾んだガラガラ声でそういうと、インモータルはディバインラスターを再び肩のホルスターに格納した。なるほど、確かに僕がインモータルの相棒として選ばれた理由も頷ける。 クリスタル……即ち生命体の反応を感知できる高性能観測機であるナインフェザーならば、夜間であろうと関係なしに索敵を行う事ができる。高高度からの観測によって敵大型ガイストを発見し、朝日とともに強襲をかけるという事か。悪くない作戦プランだ。 「了解、これより索敵行動に入る!」 善は急げと言うことで、僕は早速機体高度を上げるべく、縦に旋回を行う。高度を上げるのは航空型ガイストの限界飛行高度を超える事で自身の安全を確保するためだが……なんか黒いやつがバサバサと六枚の翼を羽ばたかせながら、一所懸命についてきている。 「……インモータル、何やってるんだ?」 《え、ほら。キミのことは私が守らなきゃいけないだろう?》 ありがたいやら面倒くさいやら、良く分からない奴だ。 高高度飛行での索敵行動に移ってからおよそ二時間。地上で蠢く中〜小型ガイストは確認できるものの、大型ガイストは一向に見つかる気配は無い。 「これだけ行動範囲を広げているのに、大型ガイストの影も形もないとなると」 《ないとなると?》 大地に人口の光が一切無い為、辺りもすっかり闇に落ちた夜の空は退屈の極みなのだろう。すっかり口数が少なくなっていたインモータルは、僕の呟きに即座に反応した。 「親型ガイストはこの付近には居ないんじゃないか?」 《そんな事言われても知らないよ。トライリス・タワーを占拠する親型ガイストを討伐しろって言われただけだから、トライリスに居るんじゃないの?》 「トライリスの? 中に?」 少し苛立ったようなインモータルの声に、僕はめいっぱいに瞳孔を広げ、眼下のトライリス・タワーを見下ろした。 確かに大きな構造物ではあるが、内部は人間が活動できるような構造になっているため、巨大ガイストがその中に居るなんていうことは考え辛い。トライリス・タワーを中心に無数のガイストの反応がナインフェザーの探信儀に反映されてはいる。その中心に大型のガイストが居るとするなら、無数の反応に埋もれて判別できなかったというのも有り得ない話ではない。 だが、もしもそうだとすると…… 「インモータル。どのくらいの光度があれば夜間戦闘が出来る?」 気乗りはしない。故に僕は遠慮がちにそう問い掛けた。 《うん、いきなりどうしたんだ?》 「トライリス・タワーそのものにはクリスタルコーティングが施されているから、内部にまでガイストが侵入しているとは考え辛い。外壁にも大きな損傷は見られないから、居るとしたらその周辺……若しかしたらトライリス・タワーの地下部分に潜航しているのかもしれない。接近して観測すれば、地中の反応もキャッチできると思うんだけど、トライリス・タワーの周辺にはいまだ多数のガイストが活動している」 《ナインフェザー単機での接近は危険だからって事か》 自ら戦闘能力を持たないナインフェザーの護衛をして欲しいという意図を察し、インモータルはそう言葉を継いだ。夜目の利かないインモータルに見えるか、その時は失念していたが、僕は小さく首肯する。 《結論から言えば、無視界だろうがやれない事は無いよ。キミが居てくれるならね》 「え?」 《私たちの間には専用通信回線が確立されているから、キミが観測した周辺のデータをこちらに転送してくれれば、無視界下でも状況の把握は可能だ》 つまりインモータルの考えはこうだ。ナインフェザーの探信儀が捕らえた地形およびガイスト、そしてインモータルの位置情報を直接インモータルに転送する。それを元にインモータル自身が周囲の情報を読み取る形で、周辺の状況をほぼリアルタイムで把握しようという事だ。 だが、それはあくまで机上の空論に過ぎない。 「いや、しかしそれはあくまでも相対的な位置情報でしかない。間接的なマップ情報で彼我の正確な位置関係を把握する事なんて……」 《心配は要らないよ》 すぐさま反論しようとした僕の言葉を、インモータルの声が遮る。 《私には、最高の水先人がついてるからね》 「…………」 言葉にならなかった。 《あ、あれ? キューちゃん? なにか気に障ること言った?》 不意に黙り込んだ僕の様子に不安がよぎったのか、インモータルが情けない声でしきりに問い掛けてきた。 ああ、気に障る事と言えなくもないか…… 「なんで、そう簡単に信じられるんだ?」 《え?》 確かに、今の僕の胸中は愉快とはいえない感情でいっぱいになっている。 「まだ会ってからまだ一日だぞ。どうしてそんな簡単に僕の事が信じられるんだ? おかしいだろう。アンタ、一体何を考えているんだよ。こんなの……そんなのおかしいだろう?」 そうだ、信じられるわけが無いんだ。決して助けてはくれない、この“死の見届け人”の事など。 誰だってそうだ。今までだって……きっとこれからだって、誰も僕ら観測隊の事なんて、仲間として見てくれる筈が無いというのに! しかし。 《おかしくなんて無いよ》 インモータルは言った。 「何で! 他の観測機ならまだしも……僕は軽量級なんだぞ!? アンタがどれだけ危険な目に遭おうと、これっぽっちだって助けてやる事なんてできないんだ。そんな相手を誰が信じてくれるって言うんだよ!」 僅かな間、沈黙が二人を包み込んだ。 反論なんて出来る筈が無い。いくら死神のような姿をしたレイス型であっても、目の前に居るのは死の見届け人。どんなに軽口を叩いて気安く接して見せようが、心から信じるに足りない相手である事など、出会う前から分かっているはずだ。 スキュラ海峡上空。吹き上げる風が運ぶ潮騒を聞きながら、僕らは互いに俯いた。 《……ぷっ》 不意に、息が漏れるような音が届いた。 《……くくく、ぷはは、あははははっ!》 「な、何だ?」 それは笑い声。しかも堪え切れなくなったと言わんばかりの大笑いだった。 《い、いや悪い。ひーっ、はあはあ……キューちゃん……ぷふ、キミはあれか! そんな事気にしてたのか!》 「な、何だよ!? なんで笑ってんだよ!!」 《ふふ、いやゴメンゴメン。キューちゃんがあんまり真面目な良い子ちゃんなもんで、おかしくってさ……》 真面目? 良い子ちゃん? そんな事を言われたのはWoS乗りになってから初めての事だった。インモータルが何を言っているのか理解できず、僕の思考はそこで完全にストップしてしまった。 《大丈夫、君は信じるに値するサポートをしてくれるよ。だって……》 しかしインモータルは逆に随分とすっきりしたような調子で、何だかとんでもない事を口にしたのだった。 《だって人類全体の。そして何より、自分自身の命が掛かってるんだもんね》 レイスの仮面越しではその表情を窺い知る事こそ出来ないが、このときのインモータルはにやりと如何にも悪そうな笑みを浮かべている事を、僕は信じて疑わなかった。 |
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