Vanishing Ray

Stage01 “Philadea Basin”

- The land to maximum entropy -

 ナインフェザーを駆り、僕は巨大ガイストの進行方向へ向けて進んでいた。それは即ちフィラデア城壁に展開された人類軍の防衛戦線であり、僕らが属する防衛部隊の本隊が布陣しているところでもある。

「デカイな……」

 無数の航空型ガイストが取り巻く巨大ガイストを見下ろしながら、改めてその大きさに感嘆の声が漏れる。

 いま正に僕ら人類軍の脅威となり、多くの同胞を死傷させたらしめている存在であるとは言え、その存在感にはただただ関心するしかない。

「ランドスイーパー。サラマンダーを素体とする全長一千リータームにも及ぶ巨大親型ガイスト。腹部全体にかけて繊毛のような器官があり地表を掘削し、その名が示す通り大地を整地するかのごとき侵攻を行う。背面部には無数の砲台が具えられ、腹部の繊毛で削り取った岩石を砲弾として対空弾幕を展開する。背びれに当たる部分は種子と呼ばれる子型ガイストのコアを飛ばす器官であり、これに取り付かれた生物は肉体を侵食され自らもガイストとなる……」

 観測機であるナインフェザーの大型RAMクリスタルに蓄積された情報を暗唱するのは、本作戦行動中で二度目になる。一度目はセイヴァートゥース小隊と合流した際に敵主力ガイストの情報を伝達したときであり、その時は僕の発言も味方に向けられたものであった。しかし今は目の前の存在に対して……その規格外れの圧倒的存在を無理やり納得しようとするように、自らのみに向けて呟き続けていたのだ。

「攻撃力は勿論、その巨体による耐久性能もずば抜けている。分厚い肉の鎧に阻まれて急所(コア)まで攻撃が届いていないんだ」

 瞳孔を広げて地を這うランドスイーパーの様子を確認すると、その体のあちこちに大小無数の傷が残っている事が見てとれる。背面の砲台や種子の射出器官もところどころ潰されており、人類軍の攻撃が全く通用していないというわけでもない事が見て取れるのだが、それでもコアに打撃を与えられていない以上、ランドスイーパーに対して致命傷を与える事はほぼ絶望的といえる。

『生きていやがったか、ナインフェザー』

 隠しきれない憎々しげな声音で、セイヴァートゥース小隊の仲間から再び通信が入った。恐らく向こうからも僕の姿が確認できたのだろう。

 彼らが展開しているのはフィラデア防衛線とランドスイーパーの丁度中間に位置する空中だった。空中から味方の防衛戦線に対する攻撃が行われないよう、敵航空型ガイストの進攻を防いでいたのだ。彼らセイヴァートゥース一番小隊は対空砲に加え、飛行型ガイストの攻撃に耐え、懸命の抵抗を続けている。飛行型ガイストの数が戦闘開始時からだいぶ少なくなっている事からも、彼らの奮戦振りが窺えた。

 しかし数が減っているのはこちらも同じである。元々七機存在していたセイヴァートゥースも五機が撃墜され、残るは小隊長を含む二機と観測機である僕、ナインフェザー一機のみであった。

「セイヴァートゥース41……二番隊は壊滅しました」

『分かってる。お前はもういい、味方陣営の奥にでもすっこんでろ』

「しかし!」

『しかしじゃねぇ。囮は俺達だけで十分だ。手前ェは手前ェの仕事を全うして見せろ』

「……ッ!!」

 小隊長の命令は、今回僕に与えられた最初の作戦指令を優先せよというものであった。

 僕、ナインフェザーに与えられた任務はあくまで「後発の増援部隊と合流し、以降はそちらの指揮下に加わり作戦行動を取ること」であった。本作戦においてインフェザーの索敵能力は不可欠であるため、決して撃墜されてはならないと重ね重ね言い聞かされていた。観測機乗りである僕に対してしつこいくらい繰り返したという事は、恐らく後発の増援部隊と言うのが今回の作戦における肝であるという事は、誰の目から見ても明らかであった。

 ナインフェザーの索敵能力が不可欠といわれる後発の増援部隊とは、そして彼らに与えられた作戦内容とは一体何なのか。そもそも戦闘には不向きなナインフェザーがどうして初めから、その援軍と一緒ではなく時間稼ぎの部隊と出撃させられたのか。不明瞭な点が多く存在しているものの、上層部からの命令に逆らう事ができる筈も無く、僕らはこうして戦場を空を駆け巡っていた。

『行けよ、お前は生きてて良いって言われたんだ……』

 セイヴァートゥース41の言葉に、僕は息を呑んだ。

 敵ガイストはこれまで幾度も人類軍との戦闘を繰り広げ、その都度我々に手痛い打撃を与えてきた強敵だ。多大な被害を被りつつ撤退に追いやった事こそあれ、人類軍が事実上の勝利を上げた事は一度としてない。そんな相手に対しての時間稼ぎを命じられたのだ。命を引き換えにしてでもという枕詞が隠されている事は、疑う余地も無い。

 セイヴァートゥース41の声は力強いものであったが、同時にどこか諦観したような。覚悟とも決意とも違う意思をちらつかせている。

(またこの声だ……)

 一体幾度そんな声を聞き続けてきただろうか。

 死の見届け人……自らはほとんど戦闘能力を持たず、仲間たちの命がけの戦いを、ただひたすら記録し続ける。時としてそれはガイストの弱点を見出す大きな手掛かりになるとはいえ、目の前で死に行く仲間たちを、僕ら観測隊はひたすら見殺しにし続けてきたのだ。

 そんな戦いに疑問を抱かないことなど、あるはずが無い。

 しかし、僕らはそれ以外の戦闘手段を何一つとして持ち合わせては居なかった。残された自分たちと、決して助けてくれない軽量(フェザー)級観測機……彼らの漏らす声は、そんな理不尽にすら見える現実に対する疑問と憤り。そして絶対的な死の運命に抗う事を止めた諦めの声だった。

『生き延びろよ……俺達の代わりに』

 通信を続けながらも、小隊長が駆るセイヴァートゥース41は敵ガイストの猛攻を凌ぎ、隙あらば魔法弓の射撃を浴びせかける。同様に九号機のオペレーターもさるもので、彼も小隊長の背中を守るように飛行型ガイストに向けて牽制射撃を行っている。

 確かに、その連携に僕が入り込む余地など無いだろう。

「二人とも、お気をつけて!」

 ぐっと奥歯を噛み締めながら、僕は短く言い残し、更に機体高度を上げる。敵ガイストが飛行できる限界高度を越えれば追撃の危険度は一気に減る。敵の頭上を越えれば、味方本隊の布陣まではすぐだ。

 

『気をつけて……か』

 ナインフェザーが飛び去ったのを確認して、セイヴァートゥースは自嘲気味に呟いた。

『いまから死ぬ人間が、一体なにに気を付けりゃいいんだよ……なあ、相棒?』

 悲しげに問い掛けた彼の声は、もう誰にも届かない。

 彼の背後に居たはずのセイヴァートゥース49の姿も、いつの間にか消え去っていたのだ。

 

 ******************************

 

 やがて眼下に映ったのは、黒煙立ち上る人類軍の防衛線であった。

 巨大ガイスト“ランドスイーパー”からの度重なる爆撃に曝され、その被害も相当なものであろうとは予想されていた。強大な防御力を誇るWoS“ロイヤルガード”の装甲をもってしても、ランドスイーパーの巨岩攻撃を防ぐ事はかなり難しいだろう。そんな爆撃を回避しつつの応戦は困難を極める筈である。当然我ら人類軍にも少なからず被害が及んでいるだろう。僕は予めある程度の覚悟を持って自陣へと向っていた。立ち上る黒煙を見ても平静を保っていられたのは、観測機乗りとして何度もそんな場面に立ち会ってきたからでもあり……いよいよ僕も人間として感覚が壊れてきてしまった事の顕れなのだろうか?

 だが、やはりそんなことは無いと。僕の心が壊れてしまっているわけではないという事が、すぐに判明した。

「そんな……馬鹿な」

 愕然としていた。

 立て続けに浴びせられた空爆により、地面は大小のクレーターが無数に形作られ、陣形は完全に崩壊。長城の手前から約三千リータームに展開された布陣までの間は、死屍累々の地獄絵図と変貌していた。

 しかもそれは、単に爆撃を受けての事態ではない。見れば陣中には今でも数多くの兵士たちの姿が残っている。そう、ガイスト化し、理性を失った兵士たちが同士討ちを始めていたのだ。

 いや、それだけではない。陣形が崩れ防御力を失ったところに飛来したのだろう。数十からなる航空型ガイストの群れが降り立ち、変質した人間を次々と貪り食っていた。

 その場に残るまともな人間は、おそらく地面に転がる死体だけだろう。

「何でだよ……これじゃ、なぶり殺しもいいところじゃないか! セイヴァートゥースが身体を張って、何も守れなかったってことかよ!?」

 無理な作戦であった事は分かっていた。だが、他にも打つ手はあったはずだ。

 強力な味方増援がある、その到着まで耐えろとさえ言われなければ。どれほどの大部隊が投入されているかは知らないが、はるばる遠方から、わざわざ莫大な時間をかけての増援を期待して貧弱な攻撃部隊のみで応戦を強行する事も無かったはずだ。

 そしてこんな、フィラデア防衛部隊のほぼ全てが壊滅などと言う惨事を招く事もなかったであろう。

 誰が悪いのか……いや、そんな事を考える事すら既に無意味だ。

 これ程までの惨敗は四十一年前、ゲブランド帝国が陥落したルーンワール撤退戦以来だった。その甚大な人的、そして精神的な被害は凄まじく、その敗戦により帝国の壊滅が確定したといっても過言ではない。

 このフィラデア防衛線も同様である。この長城はネツァワル、ひいては五大陸最後の砦ある。ここが陥落すれば、人類軍が元々保有していた全ての国家がガイストの手に落ちる事になる。そして防衛兵力の大半を失った防衛戦線は、すでに文字通りの丸裸状態である。最早ランドスイーパーが巨大な歩みを進めるだけで城壁は抉り取られ、有象無象のガイスト達が立錐の余地もないほどの軍勢で押し寄せてくるであろう事は明白である。

 即ち、人類軍はここに、五十四年に及ぶ侵略者(ガイスト)との戦いに敗北と言う終止符を打つのだ。

「…………」

 言葉も出ない。

 目の前で繰り広げられる無意味な殺戮は、意識や思考と言うものを持つのかすら疑わしい破壊兵器(ガイスト)同士の潰し合い。これより行われる人類抹殺ショーの予行演習といったところか。

 それを止める術は……もうない。

「終わりだ……」

 ナインフェザーに搭載されたアラートが敵機体の接近を告げる。どんどん大きくなる音は僕の耳をも劈かん勢いで鳴り響いているが、もうそんな事はどうでも良かった。

 探信儀にはもうセイヴァートゥースの反応は無い。敵の只中にただ一人取り残された僕には、もう選べる未来の一つすら残されてはいないのだ。

「だったら……せめて空で死にたいな……」

 思わず口をついて出たのはそんな言葉だった。

 血と肉塊に塗れた地上とは違い、空は突き抜けるように青く、美しかった。

 これで終われる。死神として生きることを強要された軽量級観測機乗りとしての運命からも開放されて、ようやくこの忌まわしい機体からも開放されるんだ。

 ゆっくりと翼をはためかせながら、僕は両目を閉じる。探信儀を切る事ができないのが耳障りではあったが、自らの声を……これまで見送ってきた多くの者たちと同じであろう、自らの声を耳にしなくていいという点だけは有難かった。

 しかし、不意に敵ガイストの反応が遠ざかった。不審に思った僕は思わず瞼を開き様子を確認し、そしてすぐに理解する。ランドスイーパーの砲撃が迫っていたのだ。

「種子を打ち込んでこないなんて気が利いてるな」

 自嘲気味に笑い、僕は再び瞳を閉じる。あの巨石を打ち込まれれば、一瞬で逝けるだろう。

 閉じた瞼の裏に無数の面影が浮かび上がる。訓練教官や先輩オペレーター。同僚や後輩。そして両親。

 みんな先に死んでいった。

 そして、ようやく僕も逝ける。

「みんな……もうすぐいくよ……」

 直後、凄まじい轟音とともに衝撃が全身を突き抜けた。

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