〜異説 日本神話〜

お稲荷さんの誕生

「転」

 

 秦氏の依頼を受けた妖狐は“天司”という名の九尾の黒狐で、ツカサという通り名で呼ばれていた。九尾と言えば、妖怪の中でも最高位の存在である。伊侶巨秦公は、あわよくばツカサが御饌津神を伊奈利から追い払ってくれないものかと期待していたのだが、ツカサに提示された条件は、それとは対極に位置する内容であった。

 

 さて、伊奈利山へと立ち入ったツカサだが、同じ狐といえど余所者。縄張りに侵入してきた異物を排除しようと、伊奈利の狐たちは次々にツカサへと襲い掛かるのだが。

「ちょうど良い……お前たち、御饌津神のところへ案内しろ」

 九尾の力を持つツカサの前では、野狐百匹の群れも無力であった。

 

「ど、どどどどどどどどっどうしよう。何かスンゴイのが来てるみたいだけど?」

 御饌津神はパニック状態に陥っていた。山頂の庵の中を転げまわったり、走り回ったり、とりあえずご飯をおかわりしたり。スクワットをして疲れたらまたご飯を食べたりしていた。

「仕方ない、私が追い払ってまいります」

 そういって山の狐を統べる九尾、小薄が侵入者の退治に向かう事になった。

 

 ……一目惚れだった。

 

 小薄が負けた。神の域に達するほどの力を持つ、伊奈利最強の妖狐が負けるなど有り得るのだろうか? まあ実際にあった事だと部下の狐が伝えてきたのだが。

 今朝炊いたご飯五升は食べつくした。御饌津神にはもう後がなかった。

 庵の中でガタガタと体を震わせながら、御饌津神はその時を待った。出来れば来て欲しくはない。出来るなら来ないで! お願いだから途中で道を間違えて! 後生だから! ご飯あげるから!

 あ、もう全部食べちゃったんだった。

 閉め切った庵の戸が引かれ、光が差し込む。逆側の壁に張り付き、涙目になっている御饌津神が照らし出され、そこに狐の影が落とされる。

「ヒイイィィィィィ!」

 情けない悲鳴をあげる御饌津神に対し、ツカサは余裕たっぷりに庵に踏み込んだ。

「御饌津神……宇迦之御魂神だな?」

「そ、そうですぅぅぅー」

 とうとう御饌津神は泣き出してしまった。

 

 

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