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〜異説 日本神話〜 お稲荷さんの誕生 |
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「承」 伊奈利の里では稲の収穫を終え、年間最大の仕事が終えた達成感に誰もが安堵の息を漏らしていた。収穫の大部分は秦氏に取り上げられてしまうとは言え、ようやく念願の新米にありつけると言う事もあり、里の者は一様に浮き足立っていた。 伊侶巨秦公も例外ではなく、里の民から徴収した米を自らの米倉に納めると、冬をすっ飛ばして春の陽気に包まれたような心地だった。 ……だが。 「な、なんじゃこりゃああああぁぁぁぁ!」 伊奈利の里じゅうの収穫を徴収して翌日の朝である。倉の様子を眺めて悦に入ろうとしていた伊侶巨秦公は、里じゅうに轟き渡る悲鳴をあげる事になった。 前日に献上させたばかりの山ほどの米が、米倉に収めたはずの食べきれないほどの米が。なんと一夜にして根こそぎ持ち去られていたのだ。 倉の中には運んでいる最中に取りこぼしたらしい、ごく少量の米だけが残されているのみ。伊侶巨秦公は血相を変えて米倉から飛び出した。 「何故じゃ……何で儂の米が無いんじゃぁ?」 伊侶巨秦公は大慌てで、部下や里の者に聞き込みをしたところ、山の狐が夜のうちに秦氏の米倉から米を運び出してしまったという証言があがってきた。事実、米倉の周りには数多の狐と思しき足跡が残されていた。 山の狐が動いたとなると、その首謀者は一人……否、一柱しかいない。 「御饌津神が儂の米を? どういう事か分からんが、これは困った事になったぞ」 伊侶巨秦公が困るのも当然のこと。何せ相手は山に住む神なのだ。敵に回してろくな目に遭う筈がない。しかし泣き寝入りするには被害が大きすぎた。この分では、冬を越す事さえままならない。泣きそうだ。 年を越え、冬真っ盛りの伊奈利の里はすっかり雪に包まれていた。ついに蔵の食料も底をつき、秦氏もいよいよのっぴきならないといった様子だ。 民から散々税を搾り取ったあとの事件で、これ以上取り上げられる貯えも民には残されていない。意を決して山へ踏み込んでも、狐に追い返されてしまうばかり。このままでは、春を迎える事も出来ず、一族は飢え死にしてしまうだろう。 そんな折、伊奈利の里に一人の女が立ち寄った。女は九つの尻尾と大きな耳を持つ、狐の妖怪であった。 縋れる物ならば藁にでも縋りたい伊侶巨秦公は、その妖狐に御饌津神との交渉を依頼する。 事の成り行きを聞いた妖狐は“ある条件”と引き換えに御饌津神との交渉を引き受けるのだった。
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