Vanishing Ray

Stage00 "Authvardia observation units"

 

 ヴィネル島東端に位置する軍事拠点、オスヴァルディア観測台には急拵えのカタパルトデッキが設置されていた。

 本来は天文台として、そして眼下に展開する港町フレスタ・オスヴァールの灯台として機能していたそれは、いつしか人類を守る剣の鞘としてその姿を変貌させていたのだ。

 海抜百二十リータームの高台に海面と平行に伸びる射出口。普段ならば次々とセイヴァートゥース他多数の航空型Wos(召喚兵器)が出撃しているはずのそこが、今日このときに限っては不気味なまでの静けさに包まれていた。

 フレスタ・オスヴァールの住民たちもそのことに気付いてはいたが、もう一つの異変……即ち、自分たちの頭上に聳えるカタパルトデッキに向けて、巨大な石碑のような建造物が、クレーンによって引き上げられている事に気付く者は存在しなかった。

 

『ゲートオブハデス、サモーニングドックエントリー完了。R-02(アールオーツー)スタンバイをお願いします』

 オスヴァルディア観測台内部に響き渡るのは、クリスタル・レシーバーを介した女性士官の声だ。普段とは打って変わり、静寂に包まれていた観測台に、にわかに緊張した空気が流れる。

 間もなく施設内の作業員並びに技術者各位がカタパルトデッキへと集結した。常勤の作業員・技術者がおよそ四十人の施設だが、この時に限っては半分にも満たない人員しか確認できないのだが、それは本作戦の機密性の高さの表れでもあった。

 正面以外の全周を囲われたカタパルト。その最深部に聳えるゲートオブハデスの前には、煌々と輝くクリスタルケージを携えた一人の仕官の姿がある。

 厚手の軍装に死霊を連想させる仮面を装着しているため、その者の表情どころか年齢や性別すらも判別する事はできないが、その場に彼の素性を探ろうとする者などは一人として居なかった。

 ただ一つ、その者が人類の希望を託した新兵器R-02「インモータル」のオペレーターであると言う事実だけで十分だったのだ。

 ゲートオブハデスの前で、R-02のオペレーターは暫しの間立ち止まった。死神が通過する道筋とされる異界への扉を見つめ、何か思う事でもあるのだろうか?

 しかし、そこで立ち止まろうとそれは詮無い事。ふうとため息をつくかのように小さく肩を上下させ、R-02のオペレーターはクリスタルケージを翳す。

 フルチャージされたクリスタルエナジーがゲートオブハデスに吸収され、周囲の空間ごとオペレーターの身体を包み込む暗雲が出現すると、すぐさま周辺に設置してあった幾つかの機材がその空間へと押し込まれる。

 光を飲み込む闇と、迸る黒き稲妻。ともすれば引き込まれてしまいそうな力場の発生を肌で感じながら、強化ガラス越しにその様子を眺める作業員・技術者たちは固唾を飲む。

 インモータル……不死者の名を冠した化け物殺しの英雄が誕生する瞬間を見逃すまいと、誰もが瞬きすらも惜しんでいるのだ。

 やがて稲妻の放電が収まり、再び静寂が戻る。

 ……動きがない。まさか失敗したのか? その様子を見守っていた観衆の間に不安がよぎる。このときのために、一体どれほどの失敗が、苦労が、犠牲が払われてきたのか。新型機故の不安定さはやはり解消されていなかったのだろうか?

 様々な、ネガティブな憶測が皆の脳裏を支配し始めた、正にその時である。

 衝撃は、突然に訪れる。

 

 暗雲が晴れる。それも霧が立ち消えるような生易しさではない。

 超音速の衝撃波が、「それ」を取り巻く暗雲を瞬時に消し飛ばしてしまったのだ。

 筒状のデッキを空気の奔流が突き進み、ドーンと砲撃のそれにも似た轟音が鳴り響く。強化ガラスがビリビリと振動し、観衆から悲鳴が上がった。

 だがそれもほんの僅か。今の今まで暗雲に包み込まれていた空間には、見たこともないWoSが浮かび上がるように聳えていた。

 六枚の機械翼を持つ黒き巨人。人類の希望を携える、不死の騎士。

「インモータル……」

 誰かの呟きを機に、恐慌の声はすぐさま歓喜の吐息へと変貌する。

『おめでとうございますR-02“インモータル”、早速ですが作戦内容の最終確認をお願いします』

 クリスタル・レシーバー越しの女性仕官の声も、僅かに色めき立っているようだった。

《本機はこれより当拠点を出立し、直ちにネツァワル領フィラデア盆地へと急行し、敵大型ガイストを撃破。その後僚機と友にエルソードへと直行し、敵拠点の破壊を行います》

 R-02から返された声はノイズが多く、落ち着いた雰囲気である事以外、やはりオペレーターの素性を知る手掛かりにはならなかった。

『確認いたしました。作戦内容に変更なし。R-02、出撃お願いします』

《了解。R-02出撃位置につきます》

 そういうと、R-02はカタパルトデッキの床面に設置されたフックに手をかける。脚部が存在しないために機体を固定する機構が背部及び肩部のフックのみであり、カタパルトを利用するには自ずと腕部を利用する他なくなるのだ。

『カタパルト起動。射出まであと五秒、四秒、三秒、二秒、一秒……R-02、リフトオフ!』

 チャージされたクリスタルエネルギーによってカタパルトが起動し、R-02の機体に急激な加速が掛かる。

 八十リータームの加速距離を僅か四秒で駆け抜け、試作型WoS“R-02”は、ヴィネルの洋上へとその身を躍らせた。

 眼前にはどこまでも続くような青い空と海……その果てには今も戦火の炎が燃え盛っている。

 R-02は空中でなおも加速し、ネツァワルへと急ぐ。

 機械翼が空気を飲み込み、六条の航跡を碧空へと刻み込んだ。

 

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