Vanishing Ray

Stage01 “Philadea Basin”

- The land to maximum entropy -

  機体に急激なGが加わる。想定を超える無理な機動にナインフェザーの可動翼が悲鳴をあげ、自身の肩に鈍い痛みが流れ込んだ。それとほぼ同時に、背面を掠めるように巨大な弾岩が空を切る。

 地上を這い回る巨大なサラマンダー「ランドスイーパー」の背中に何門も備えられた長距離対空投石器官による砲撃だった。

『ナインフェザー、まだ生きているか?』

 クリスタルレシーバー越しに僕の安否を確認する声が届くが、それに答えるだけの余裕が今の僕にはなかった。無数の飛行型ガイストの群れから攻撃を受けているうえ、ランドスイーパーからの対空砲火は尚も続いており、一瞬でも集中を途切れさせればその弾幕の餌食となってしまうだろう。

『返事をしろ、ナインフェザー! 返事を……』

 必死に呼びかける声が突然のノイズとともに掻き消えた……悲鳴すらない。

「くっ、どうすりゃ良いんだ?」

 人類の主力WoS(召喚兵器)“セイヴァートゥース”小隊とともにランドスイーパーの攻撃を引き付けてはいるものの、地上の味方部隊からの援護射撃は到底敵のコアに届くものではない。

 じわじわとなぶり殺しにあっているようなものだった。

「何か……何か手段は無いのかよ!?」

 必死に探信儀(ソナー)で敵の弱点を探しながら旋回しつつ高度を落として戦線に戻るが、観測機であるナインフェザーに火力と呼べる兵装は無い。頼りの僚機(セイヴァートゥース)も次々と撃墜されてゆく一方だった。

 ハーピーを素体としたWoSと融合している為に今の僕には汗腺がないはずだが、頬に一筋の汗が流れたような感触を覚えた。

「これがジリ貧ってやつか……畜生めが!!」

 真下を飛行していたセイヴァートゥースの反応が消えた。視認はしていないが、恐らく僕の頬を伝うものが彼の遺物だ。

『ナインフェザー、こちらセイヴァートゥース49。聞こえるか? 生きているなら返事を!』

 不意にノイズ交じりの通信が入る。ランドスイーパーの頭部方向で交戦中の味方部隊からだ。

「こちらナインフェザー。セイヴァートゥース48被弾。二番小隊は壊滅した。そちらはどうだ?」

『チッ……こちらも残り二機のみだ、ナインフェザーは一時後退しろ』

「何だと?」

『これ以上の観測任務は無理だろう。ナインフェザー、貴官はここで墜ちてはならない。以上だ』

「……ッ! 了解」

 やりきれない思いと共に僕が返事をしたときには、すでに通信は一方的に切断された後だった。

 反論は受け付けないという事か、それとも……いや、今は考えるまい。僕は傷ついた可動翼をはためかせ、再び高度を上げる。敵航空型ガイストの群れの頭上を通過して自軍の布陣まで撤退だ。

 

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 観測機というのは罪なものである。多くの僚機がそうであるように、大抵のWoSの主任務は敵ガイストとの直接交戦にあり、日々命のやり取りを行っている。しかし僕ら観測隊の駆るWoSは違った。

 僕らの主任務はその名が示す通りの観測任務だ。我ら人類の仇敵であるガイストの出現から五十四年。未だ奴らの全貌は明らかにされておらず、その生態や繁殖方法。社会性の有無や、なぜ人類に対して攻撃的な姿勢をとり続けているかなど、多くの謎が残されたままになっている。

 人類に対する超排他的性質からガイストの観察は困難を極め、しかし戦闘中に採取されるデータは常に損失の危険性を伴っている。故に観測能力を高め、更に戦闘能力を排したが為に直接戦闘を回避する必要性をオペレーターに迫ることで生存率……ひいてはデータの回収確率を高めようとしたのだ。

 つまり、僕ら観測隊は戦場にありながら戦いに参加する事がない。どれだけ仲間が窮地に追いやられていようが、僕らが彼らを助ける事は硬く禁じられており、ただひたすら、彼らを撃墜したガイストの行動と、撃墜される彼らの死に様を記録し続けるのみなのだ。

 

 故に僕ら観測隊は「死の見届け人」と呼ばれ、忌み嫌われていた……

 

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「射程圏内まで来たぞ! ロイヤルガード、急いで前に出ろ!」

 フィラデアの城壁を背に布陣した地上の防衛部隊では怒号が飛び交っていた。一時は上空のセイヴァートゥース隊に気をとられていた敵巨大ガイスト「ランドスイーパー」が再び標的をこちらへと切り替えて、背中に備えた無数の砲台の射程に入るまでに接近してきたのだ。その事を察知した指揮官は防御力を追及したWoSであるロイヤルガード編隊を前面に押し出すことで歩兵や砲兵を被弾から守るという、対ガイスト砲撃戦におけるセオリーに則った指示を出した。

種子(シード)、来ます!」

「ロイヤルガード、盾構え! 歩兵はロイヤルガードの後ろに隠れろ!」

 指揮官の声に、身長二リータームを越えるフルアーマーの騎士たち(ロイヤルガード)が大盾を構える。同時に歩兵たちは一瞬で作り出されたバリケードにその身を隠す。侵食攻撃である種子から身を守るためには、既に異界の魂と融合している召喚を利用するのが上策である。ロイヤルガードがその体で種子を受け止めれば、生身の兵士たちにガイストの侵食が及ぶ事は無い。

 ……しかし。

「……いや、違う? これは!?」

 ロイヤルガードがランドスイーパーの砲撃を受け止めようと言う、正にその時である。それをやや後方から見守っていた一人の仕官が違和感を感じ取った。そしてその正体に気付いたときには、全てが手遅れになっていた。

「駄目だ、それは種子じゃない!!」

 仕官があらん限りの声で叫ぶと同時に、ランドスイーパーの砲撃が着弾した。

 着弾点に居たロイヤルガードは、直径三〜四リータームにも及ぶ巨岩の直撃を受け、分厚い装甲ごと一瞬にして押しつぶされる。勿論背後に居た歩兵も逃れられる筈がなく、こちらの警戒を逆手に取った投石攻撃により、一瞬でWoSの防壁が貫かれてしまった。

 最初の着弾から一瞬遅れて、兵士たちの間を堪え切れないほどの恐怖が駆け抜けた。

「う、うわあああっ! 殺される!」

「逃げろ、逃げろぉ!!」

 悲鳴、そして絶叫を上げながら。歩兵のみならずWoSのオペレーター達までもが我を忘れ陣形を崩す。

 次々と降り注ぐ巨石の雨霰に、人類軍の防衛ラインはいとも容易く崩壊した。

「ば、馬鹿者! 陣形を崩すな!」

 逃げ惑う部下たちに叱咤の声を投げつけながら、しかし仕官とておよそ平静とはいえぬ様子である。

 無理もない、直系四リータームの巨石となれば、その重さはおよそ八十エマルグ。概算百三十リータームの距離を飛んできた巨石の加速度を鑑みれば、防御など到底意味を成さない。それこそ防御力を高めたWoSであるロイヤルガードですら、当たれば召喚解除すら出来ずに即死という尋常ならざる攻撃なのだ。逃げるなと言うのが正しいのか、逃げろと言うのが正しいのかすら、彼には判断できなかった。

 地獄絵図と化した自陣、降り注ぐ巨石の雨。死の大地と化した防衛線はランドスイーパーの砲撃によって、文字通り地を掃き馴らすかのように蹂躙されてゆく。

「陣形を……ん、あれは?」

 仕官の思考が停止しかけたその時、彼の眼に見覚えのある陰が浮かび上がった。

 味方……ではない。巨石に混じって小さな何かが飛び込んできているのだ。

「岩ではない。とすると……」

 自らの言葉に、仕官はハッと息を呑んだ。

「あの攻撃が岩では無いとすると……いかん、防御陣形を取れ! 急げ!!」

 喉が潰れても構わない。それくらいの勢いで士官は声を張り上げた。しかし狂乱状態の兵士たちに彼の言葉は届かなかった。降り注ぐ死の雨に弄ばれ、正常な判断力を保てる者など、その場には一人として居りはしなかったのだ。

 しかし……

「ガイストが種子を放ってきたぞ!!」

「え?」

 その声が届いた者は、不意に足を止めた。

 巨石など生易しい。我々人類が最も注意しなければならない攻撃である侵食。それを為す悪魔の種子が投げ込まれた。その言葉は、狂乱状態にある兵士たちにとっても絶大なインパクトを持っていた。

 だが、それに気付くにはあまりにも遅く、対応するには統制の利く人数が少なすぎた。

 足の止まった兵士は恐怖に全身を縛り付けられながらも、やっとの思いで首をめぐらせる。空から飛来するのは決して大きいとはいえない楕円形の飛来物だ。植物の種子のようにもみえるし、昆虫の卵のようにも見えるそれは、一直線に彼の元へと飛び込み……食らい付いた。

「う、うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 直撃した種子の勢いそのままに地面に倒れ伏した兵士は、激しく地面に打ち付けられ、その動きを停止した。

「おい、大丈夫か!!」

「馬鹿、やめろ!」

 すぐに傍らに居た別の兵士が助け起こそうとするも、さらに別の兵士がそれを制する。

「でも、すぐに手当てすれば若しかしたら」

「うるさいっ、良いから離れろ!」

 被弾した味方を気遣うのは少年兵士だったが、上官に当たる壮年の兵士は彼の腕を乱暴に掴み、被弾した兵士から無理やり引き離す。

「種子を受けた者は助からない、それどころか、そいつ自身もガイストになって襲ってくるんだ。お前も二の舞になるぞ!」

「そんな? でも……ッ!?」

 知識としては知っていても、新人兵士である彼には実感が湧かない事だった。しかし、振り返ったその瞳に映った、頭の半分が陥没した状態でむくりと起き上がった味方兵士の姿に、少年兵は言葉を失った。

「あー……うぅ」

 まるでゾンビのように立ち上がり、ゆっくりとした足取りでこちらへと近付いて来る「それ」の顔には、どくんどくんと拍動する瘤がこびり付いている。

 それこそが種子……人をガイストに変える悪魔の種子だ。

「う、うわああああああああああ!!!!」

 迫り来る、たった今まで味方だったそれを前に、少年兵は思わずその場に尻餅をついてしまう。

 殺される。そう感じ取り、しかしパニックのあまり身体が思うように動かず、少年兵は地面でバタバタともがく。

「ひ、ヒイイッ!!」

「動くな!」

 少年兵が訳も分からず、ただ本能のままに両手を突き出そうとしたとき、背後から壮年の兵士の声が響いた。

 直後。壮年兵士の所持していた銃が火を噴き、至近距離で兵士であったモノの頭を撃ち抜いた。

 大量の血を噴き出しながら、兵士であったそれは今度こそ完全に運動を停止し、地に倒れる。

 吹き付けられた返り血は暖かく、殺されたそれはやはり人間であった事を、否応なく少年兵に見せ付ける。

「大丈夫か? すぐに逃げるぞ」

 目の前で人が、仲間が、そして仲間であった何かが死んだ。

 殺された。

 敵の攻撃で。そして……味方の攻撃によって。彼は二度殺されたのだ。

 少年兵は差し出された手のひらを見つめる。自分を助け起こそうとする手を。たった今まで仲間だったものを殺した、その手を。

「早く立ち上がれ! こいつみてぇになりたいのか?」

「……ッ!!」

 嫌だ、死にたくない!

 少年兵は恐怖や生理的嫌悪を振り払い、その手を掴む。

 同時に、再び飛来した巨岩が壮年兵士の体を奪い去る。

 爆風と轟音。巨岩が地面に激突した衝撃波に吹き飛ばされ、少年兵はごろごろと地面を転がされる。

 すぐに起き上がり見渡すが、自分を助けようとした壮年兵士の姿は見当たらない。

 ただ……この手の中に、たった今自分を助け起こそうとしてくれていた者の肘から先があるだけだった。

「……殺される……」

 少年兵が呟いたそれは、限りなく確信に近い予感だった。

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